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山を越えるころから空気が変わった。
風が冷たかった。
朝は息が白くなる。
道の端には霜が残っていた。
ミナが言った。
「一気に寒くなったわね」
陽和は言った。
「そうですね」
レオルが前を歩く。
「もうすぐです」
何が、とは言わなかったが分かった。
氷王領だった。
昼過ぎ。
木の柵が見えた。
見張り台が立っている。
兵士が二人いた。
こちらを見る。
警戒した様子だった。
レオルが勇者証を見せる。
兵士の表情が変わった。
「勇者様ですか」
陽和は言った。
「候補です」
兵士はうなずいた。
「助かります」
すぐに門が開いた。
中には粗末な建物が並んでいた。
前線の駐屯地らしかった。
兵士の数は多かった。
だが空気は静かだった。
寒かった。
はっきり寒かった。
兵士の一人が言った。
「こちらへ」
小屋に案内される。
中に入る。
火が焚かれていた。
それでも寒かった。
兵士が言った。
「今年は冷えがきつくて」
レオルが言った。
「魔物は」
兵士は言った。
「増えています」
陽和は座った。
鎧が鳴る。
しばらくすると。
兵士が手を止めた。
少し考える顔をした。
それから言った。
「……暖かいな」
もう一人の兵士も言った。
「本当だ」
陽和は言った。
「少しだけですけど」
兵士は首を振った。
「十分です」
真剣だった。
外へ出る。
兵士たちが焚き火を囲んでいた。
陽和が近づく。
しばらくすると一人が言った。
「風が楽だ」
別の兵士が言った。
「指が動く」
誰かが言った。
「久しぶりだ」
フィルが言った。
「祝福です!」
ミナが言った。
「ここだと分かりやすいわね」
レオルがうなずいた。
「勇者様の力です」
陽和は立っていた。
ただ立っているだけだった。
だが兵士たちの顔が少し変わった。
固かった表情がゆるむ。
誰かが言った。
「これなら夜番いけるな」
別の兵士が言った。
「助かる」
何人も言った。
「ありがたい」
陽和は少し戸惑った。
今までとは違った。
宿屋とも村とも違った。
もっと切実だった。
夕方。
隊長らしい男が来た。
陽和の前に立つ。
頭を下げた。
「ありがとうございます」
陽和は言った。
「何もしてません」
隊長は言った。
「ここでは大きいんです」
短い言葉だった。
本当のことのようだった。
夜。
兵士たちが火を囲む。
陽和も座る。
風は冷たかった。
だが少しましだった。
兵士が言った。
「勇者様」
陽和は言った。
「候補です」
兵士は笑った。
「英雄ですね」
陽和は言った。
「そんなことは」
兵士は言った。
「寒い場所では」
火が揺れた。
暖かかった。
少しだけ。
だが確かだった。
陽和は思った。
この場所では、
この祝福にも意味があるらしい。
どうやら寒い地方では、
勇者は英雄になるらしかった。