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──誰かが言っていた。「今日は“いつもと違うの”やってみるんだってさ」
その言葉の意味を、遥はそのとき知らなかった。 だが、いま──教室の空気が変わった瞬間に、肌で察した。
席を立ったのは、ふだんあまり表に出てこない生徒だった。グループの中でも特に物静かで、影の薄い存在として扱われていた彼が、静かに机を叩いて立ち上がった。
何も言わない。教室にいる他の生徒たちは誰もその動きに反応しない。ただ空気が、すうっと、冷たくなった。
遥は一瞬だけ目を合わせそうになり、視線を逸らした。
「──ついてこいよ」
それだけ。声は静かだった。だが拒否の余地はなかった。
カーテンの影、教室の奥の目立たない隅。前にも使われた場所。けれど今回は違った。誰も、入ってこようとしなかった。
その無関心の「静けさ」が、遥には耐えがたかった。
「……なんか、したっけ、オレ」
反射的に言葉が漏れる。声は掠れていたが、確かに自分の意志だった。だが、その問いには答えられない。
かわりに、無言で机の角に押しつけられる。
制服の背中が引き裂かれた。
音を立てて破れる布。 教科書のページをめくるような手つきで、肩口から背中へ、掌が滑る。
爪が皮膚をなぞる。爪の先が食い込む。
「声、出せよ。……あんた、声、出すとき、すげぇ色っぽいんだよ」
低く押し殺したような囁き。いつものふざけたような調子ではない。
「さっさと鳴け。オレ、今日、当番だからさ」
それは義務のようでいて、明らかに嗜虐の熱を帯びていた。
「……い、や……やめ……っ」
声が震えた。自分でも情けないと思った。でも、それでも抗う。
だが──その弱音を拾われた瞬間、
「……今の、録れた?」
誰かが、カーテンの外から訊いた。
「ばっちり」
返された声に、遥は膝から力が抜けそうになる。
外にいる。誰かが、見ている。知っている。けれど──助ける気は、ない。
それが「今日の違うやつ」だった。 加害と傍観が、今まで以上に明確に分業されている。 壊す者と、観る者。 記録する者と、共有する者。
全員が、地獄の一部になっていた。
そして遥は、ついに──堪えきれず、唇を噛んだまま、声を漏らした。
「っ……あ……や、だ……やめ……ろよ……っ……」
カーテンの向こうから、笑い声が漏れた。 録音ボタンを押す、軽い電子音が、教室の静寂に重なった。