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その日のシェルターは、いつもより忙しかった。
ミゲロが外した床板を並べ、傷んだ部分へ新しい木をはめていく。木槌を振るうたび、乾いた音が地下に響いた。サベリオは寸法を測り、釘を揃え、足りない工具を差し出す。言葉は少なくても、手の動きだけで会話はできる。
ヴィタノフは脚立の上で、裸電球を一つずつ交換していた。切れかけの灯りが消え、新しい灯りがともるたび、薄暗いシェルターの顔つきが少し変わる。
ホレは長机を片づけながら、古い衣装箱を開けていた。
「これ、誰の上着?」
「ヌバーじゃない?」
「違う。俺こんな細くない」
「そこ胸張るところ?」
モルリとヌバーがやいやい言い合う横で、デシアは『春の音』に赤を入れている。紙をめくる音が、ときどき木槌の間へ差し込まれた。
サベリオは、作業している間だけ気が楽だった。測る、締める、支える。どれも答えがはっきりしている。人の前で何かを言うより、ずっとましだ。
「サベリオ、そこ押さえて」
ミゲロに呼ばれ、板の端を膝で支える。二人で力を合わせると、軋んでいた床がぴたりと収まった。
「よし」
ミゲロの短い一言に、サベリオも小さくうなずく。
その時、上からヴィタノフが降りてきて、黙って壁のスイッチを入れた。
ぱち、ぱち、と順番に灯りがともる。
古びた地下避難壕が、一瞬だけ別の場所みたいに見えた。湿ってはいる。広くもない。けれど、笑い声が響くには十分な広さだった。
モルリが両手を広げる。
「見て! ちゃんと稽古場っぽい!」
「まだ床しか直してない」
ホレが言う。
「でも昨日よりずっとまし」
デシアも、視線だけは上げていた。その表情は控えめでも、少しだけ呼吸がしやすそうに見えた。
サベリオは入口の戸を開け閉めして、蝶番の音を確かめる。油がなじみ、前日の泣き声みたいな軋みは消えていた。
「これも直してたんだ」
モルリが気づく。
「誰がやったんだろうねえ」
ヌバーがわざとらしく辺りを見回す。
「名もなき親切な裏方さんかなあ」
サベリオは聞こえないふりをした。
その時、衣装箱を整理していたホレが「あ」と声を上げた。
「何?」
モルリが駆け寄る。
ホレは箱の底から、一枚の写真をつまみ上げていた。湿気で少し反っているが、破れてはいない。皆の手が止まる。
「古い写真だ」
ミゲロが手を拭きながら近づく。
サベリオは見た瞬間、胸の奥がひやりとした。
橋の下に簡易の舞台が組まれ、何人かが笑っている。まだ新しかった頃のシェルター。今より明るい裸電球。若い顔。知らないほど昔ではないのに、もう遠い。
そして写真の中央には、朗読台のそばで笑っているデシアがいた。
今よりずっとまっすぐ前を向いた顔で。