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2026年7月23日 午前10時45分
■■県童ノ宮市湯山町麓 童ノ宮市立第三市民病院 402号室
栗原ミサキ
カッと私は目を見開く。
自然と歯を食いしばり、顔中の筋肉と言う筋肉が強張っているのがわかる。
視界に映るのは、夏の強い朝日に白く照らしつけられた天井。この胸糞の悪くなるような街に逗留するため、宿をとったホテルのそれとは違う。
身体に掛けられた上布団から顔を覗かせ、用心深いケダモノみたいに目だけギョロギョロさせて周囲の様子をうかがってみる。
「……」
気を失っている間、私はどこかの病院に担ぎ込まれたらしい。
寝かされていたのは、決して新しくはないけれどよく手入れの行き届いた清潔で明るい感じの病室。ベッドの数から四人用の相部屋だとわかるが、私以外患者の姿はなく、寝具なども片づけられたままだ。
それにしても、ずいぶんと酷い夢を見ていたようだ。
内容は全く覚えていないけれど、まだ心臓がバクバク騒いでいる。まるで洗面所にためた水の中に頭を押さえつけられ、耳元でギャーギャー罵声を浴びせ続けられたみたいだ。こっちは悪夢じゃなくて、母さんから現実に受けた仕打ちだったっけ?
いや、そんなことよりも。
「マ、マキオ……」
息子の名前を呟いた私の声は、かすれ老婆のようにしわがれていた。
意識を取り戻してすぐ、あの子の顔を思い出せなかったことに激しい自責の念に駆られる。それから思い出す。
苛立ちのまま、あの子に投げつけた世にも醜い言葉の一つ一つ。溶けるようにして異界へと変容したホテルの廊下。白い能面を付けた怪物。
それから……。
いや、いやいやいやいや! そんなわけがない!
私は激しく頭を振って、胸に湧きあがったどす黒い靄を必死で振り払っていた。
あんなことが本当に起きるわけがない。そう、全部ウソに決まっている。息子が、私のマキオにあんなことができるわけがない。
あの子は少し気難しいところがあるけれど、かわいい普通の男の子だ。
断じてあんな怪物と同類なんかじゃない。
あ、そっか。
そういうことだったのか。青天の霹靂と言うのだろうか。
突然、頭に閃いた考えに私は息を飲んでいた。最初から何もかも仕組まれていたのかも知れない。
私自身はあまり気が進まなかったとは言え、子役が仕事を、それも主演級の仕事を得ることは決して簡単じゃない。それがあんな風にトントン拍子で決まったと言うことは、やはり――。
と、その時、外廊下と繋がるドアが開いた。
「――ああ、栗原さん。気がつかれたんですね。良かったです」
病室に入って来たのは巡回中と思しき女性の看護士。私のベッドに歩み寄って来ながら朗らかに言う。
「どうやってここに来られたか、憶えてます?」
「えっと、何となくですけど……」
瞬時に私は自分の感情を切り替えていた。何しろここ、童ノ宮は得体の知れない街だ。誰が敵で味方か、分かったもんじゃない。だとすれば、ここではまだ、何も気がついていないフリをする方が得策だと思った。
「私、ホテルで倒れていたんですよね。ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした」
「いえいえ、そんな。ご旅行中に大変でしたよね」
「マキオが、息子が一緒にいたと思うんですけれど、あの子は今……?」
「栗原マキオ君ですよね。有名な子役さんなんですよね。すごいなぁ」
「い、いえ……。まだまだ、駆け出し中で……」
「大丈夫ですよ。マキオ君の同意も得て――、確かな方のおうちに預かって頂いていますから」
「えっ、それはひょっとして――」
「塚森さんと言って、名士みたいな感じの方々ですね。で、そこのお嬢さんからメモを預かっているんですけれど……」
ポケットから小さな紙片を取り出し手広げ、読みますね、と看護士が告げてくる。反射的に私はうなづいていた。
「栗原ミサキさんへ。キミカです。オカザキ企画様に事情は連絡済みです。明日、社長の岡崎さんが東京からこちらに来てくださるそうです。マー君を一人、ホテルに戻すわけにもいかず、勝手ながら当家にてお預かりします。どうぞご安心ください」
そこでいったん、看護士は言葉を切り、
「つきましては折り返し、ご連絡いただければ幸いです。……と言う感じなんですけれども」
……なるほど、そうか。
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#怪異
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そういうことか。お前の仕業だったのか。
私の内側でムクムクと怒りが膨れ上がり、そのまま破裂するのではないかと不安に駆られる。
全部、あいつの企みだったんだ。ずうずうしく私達親子の間に割って入って、いいお姉さんぶってマキオを惑わして。私を追い込み、あんな酷いことを言わせた。あの子を 傷つけるよう仕向けたんだ。
そう、全部あいつが悪いんだ。
「ありがとうございます」
看護士に紙片を手渡されながら、私は小さく頭を下げていた。
「このメモに書かれている通り、すぐに連絡してみますね」
「それにしても随分としっかりしたお嬢さんですね。まだ、小学生なのに」
「いえ、彼女は中学生ですよ」
小さく笑って、私は看護士の言葉を訂正する。
「あら、そうなんですね。私ったらてっきり――」
「彼女、私達親子のためにいろいろ動いてくれて……。マキオも彼女に懐いていてよく面倒を見てくれてるんですよね」
「まあ……。やっぱり、いいところのお嬢さんは一味違いますね。ウチの一番上の子なんか、兄弟の面倒を見るどころか泣かせてばかりですよ」
爪でも煎じて飲ませようかしら、と看護士は冗談っぽく笑う。
私は大きくうなづき、笑顔で――かわいい姪っ子について想いを馳せる優しい叔母をイメージした面持ちで言った。
「ええ、すっごくいい子で。私、大好きなんです」
コメント
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うわああ、この回めっちゃゾクゾクした…!!😭💦 ミサキさんの、意識戻った直後の混乱と、一瞬で切り替える演技力が怖すぎる〜! 「私、大好きなんです」の笑顔の裏でキミカちゃんへの怒りメラメラって感じが最高に不気味でエモい…🔥 マキオくんを思う親心なのか、歪んだ執着なのか、そのグレーゾーンの描き方がリアルすぎて鳥肌立ったよ。次、どうなるんだろう!? 続き楽しみにしてるね!!📚💕