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「二人とも頭を上げて」
父の声が聞こえるまではほんの数秒足らずだったが、たったそれだけの時間が非常に長く感じられた。
顔を上げた私と諒は共に背筋をぴんと伸ばしたまま、父の次の言葉を待った。
父は母と顔を見合わせてから諒の顔をじっと見つめ、ゆっくりと口を開く。
「私たちは一人娘の瑞月を、大事に大事に育ててきました。この子には、誰よりも幸せになってほしいと思っているんだ。結婚を前提にという話だけれど、この先ずっと、諒君は私たちの代わりに、いや、私たち以上に瑞月を大切にしてくれるということですか」
「はい、大切にします。お約束します」
諒は力強く頷き、そして続ける。
「いずれはこちらに戻って、医者の仕事を続けようと思っています。父のクリニックを継ぐか、それとも別の形でとなるか、今ところは未定ですが……。その方が、瑞月さんもお二人も安心できるのかなと思いますし」
「そうか……。私たちのことまで……」
父は安堵のため息をこぼし、口調と表情を和らげる。
「さっきは堅苦しい言い方をしたけど、もともと二人のことを反対するつもりはなかったよ。なぁ、母さん?」
「えぇ。諒ちゃんになら瑞月のこと、安心して任せられるものね。諒ちゃん、これからも瑞月のことを、どうかよろしくお願いします」
「私の方こそ、よろしくお願いします」
諒はほっとした笑みを浮かべて深々と頭を下げた。
姿勢を戻した諒に父が訊ねる。
「結婚の申し込みについてはまた後日、ということになるのかな」
「はい。日を改めたいと思っています。まずは今日は、交際の報告ということでお邪魔したつもりだったんです」
「なるほど、分かった。その日を待つことにしよう。ただし、私たちが待ちくたびれてしまう前に来てくれよ」
「はい」
父と諒との会話に耳を傾けながら、ようやく一つの区切りをつけられたことに私はほっとしていた。
男二人の話が途切れたところで、母が急かすように私に声をかける。
「ほら、瑞月。次は諒ちゃんのお家に行く番よ。あちらでも、今か今かと待っているんじゃない?ところで諒ちゃん、お父さんたちに、瑞月を連れて行くことは伝えてあるの?」
「いえ。会わせたい人がいる、とだけ伝えてありまして」
母は苦笑する。
「瑞月と同じなのね。じゃあ、きっと驚くわ。でも、瑞月のことを、ちゃんと認めてもらえるのかしら。なんだか心配だわ」
「お母さん。これからっていう時に、そういうこと言わないでよ。ますます緊張しちゃうじゃない」
「緊張?そんな必要ないって」
諒は苦笑いを浮かべながら私を促す。
「行こうか」
リビングを出て私たちは玄関に向かった。両親も私たちの後に着いてくる。
靴を履いている私たちの背に向かって母が言う。
「お昼ご飯を用意しておくから、挨拶を終えたら、先生と真希子さんも一緒に連れて、こっちにいらっしゃい。お祝いも兼ねてということで」
「ありがとうございます。父も母も喜ぶと思います。それじゃあ、行ってきます」
我が家から近い諒の実家へは徒歩で向かった。
諒と一緒にリビングに入って行くと、私を見た途端、彼の両親も案の定驚いた顔をした。しかしそれも束の間で、すぐに二人の顔に笑みが広がる。
「会わせたい人って、瑞月ちゃんのことだったのね!」
「いやぁ、これは驚いた。だけど、そうかそうか。瑞月ちゃんが諒のお嫁さんか。なんとも感慨深い。それにしても、久しぶりだね。この前会ったのは正月、いや、盆だったかな?」
「お会いするのはお正月以来です。それで、あの、おじさま、おばさま、今日はお忙しい中、お時間を頂戴し……」
「そんな固い挨拶はいらないわ。いつも通り、おじさん、おばさんでいいのよ。とにかく、早く座って。ケーキでも食べてゆっくりしていってちょうだい」
「はぁ、あの、でも……」
考えてきた挨拶の言葉を諒の母に笑顔で遮られ、私は戸惑った。
諒は呆れ声で二人をたしなめる。
「父さん、母さん、瑞月が困ってるだろ。一応、挨拶させてやってよ」
「あら、ごめんなさい」
「悪かったね」
二人は口々に言い、神妙な顔つきで姿勢を正した。
私は緊張しながら挨拶の言葉を述べた。諒のことをよろしく頼むと言う二人に、首を縦に大きく振って応えた。
こうして諒の両親への挨拶が無事に終わった。
その後四人で雑談を交わしているところに、栞がひょっこりと顔を見せた。
「どうして栞が?」
栞が来ていると思っていなかった私と諒は驚いて、顔を見合わせた。
その様子を見た彼女はくすりと笑う。
「万が一うちの親たちが、二人のことを反対するようなら援護しなきゃと思って、急遽こっちに来たの。でも、必要なかったみたいね」
親友であり、また、姉妹のような存在でもある幼馴染は、私と諒に祝福の言葉を投げかける。
「瑞月、よかったね!お兄ちゃんも、おめでとう!」
その後全員で向かった私の実家で、昼食のひとときを賑やかに過ごした。話が尽きず、立ち上がるきっかけを失っていたが、時刻を確かめた諒が私に耳打ちした。
「そろそろ帰ろうか」
私たちがごそごそと帰り支度を始めたことに気がついて、親たちが引き留める。
「もっとゆっくりしていきなさいな」
しかし彼らの態度は、諒の一言でがらりと変わる。
「実はこの後、向こうに戻ってから、指輪を見に行く予定なんだ」
「そういうことなら早く帰った方がいいわね」
こうして私たちは、笑顔の皆に背中を押されるようにして、帰路についたのだった。