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蓮司は、ソファの背もたれに片肘をつきながら、遥をじっと見下ろしていた。
「なに黙ってんの。始めたのは、おまえでしょ。……“彼氏です”って」
その声音は相変わらず軽く、どこまでも“遊び”のままだった。
だが、指先だけは違った。遥のシャツの裾を掴んだ手は、やけに無駄がない。
「……だから、演じるんだろ。“それっぽく”」
蓮司の指が、遥の腹の上を這う。布越しに皮膚が撫でられるだけで、ひどく身体が跳ねた。
(なんで、こいつ……こんな冷たいのに、熱い……)
逃げたかった。けれど、逃げられなかった。
むしろ、“演じてしまえば”痛みを鈍くできる。
そう思って、喉奥でひとつ笑った。自嘲とごまかしの混じった、壊れた音だった。
「……彼氏らしく、してよ?」
そう言った遥の声は、震えてもいなかった。
ただひどく空っぽで、でもその奥底で、何かを壊していた。
蓮司の目が、一瞬だけ細まった。
「そっか。じゃ、遠慮なく」
そのまま、蓮司は遥を床に押し倒す。ソファの足元、カーテンも閉じていない部屋の中で、遠慮も迷いもなかった。
「顔、もうちょい“悦んでるふり”したほうがそれっぽいよ。……あ、でも無理か。おまえ、そういうの下手だし」
煽るように耳元で囁かれると、遥は喉奥で笑いかけ──噛み殺した。
(違う。……これは演技なんかじゃない。俺は、ただ……)
蓮司の指が、身体の奥をなぞるたび、遥は目を伏せた。
視界を閉ざすことで、何も見えないようにするしかなかった。
けれど──
「ねえ、遥。おまえ、あいつ(日下部)に見せたかっただけ?」
不意に囁かれたその言葉に、遥の瞳が震えた。
動きを止めた蓮司が、遥の表情を覗き込む。
「……なんで、そんな顔すんの?」
笑ってるのに、目はまるで泣いているみたいで──
演技の皮が、今にも剥がれ落ちそうだった。
「べつに……見せたかったわけじゃ……ない……」
「ふうん。でも、うまくいってんじゃん。アイツ、けっこう動揺してたし」
まるで“素材”をいじるような口調。
感情も、同情も、一切ない。
遥はそれでも、演じ続けた。
「……じゃあ、このまま、“信じさせて”よ。アイツに」
「ふーん、忠義な彼氏だな、俺。おまえの嘘のために、こんなにしてやってる」
蓮司は嗤った。
だが──その声の奥に、かすかな“高揚”があった。
「ねぇ。これ、演技の一部? それとも──」
指が奥をなぞる。
「本当に、気持ちよくなってんの?」
遥の目から、ふっと焦点が外れた。
その問いに答えられたら、もっと楽だった。
けれど今はただ、壊れる前の仮面を必死に張り付けることでしか、自分を保てなかった。