テラーノベル
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「失礼しまーす」
ノックは軽かった。
返事を待つというより、確認だけしたみたいな音で、相談者は入ってくる。
「今日、暇です?」
「暇だからここにいる」
「ですよね」
勝手知ったる感じで椅子に腰を下ろす。
「飲み物」
「いつもの」
「雑だな」
「信頼です」
蓮司は苦笑して、カップを差し出した。
「で?」
「うーん……
ちゃんと考えてるつもりなんですけど」
「うん」
「全然そう見られてないな、って」
「それもまあ、ある」
相談者はカップを両手で持ったまま、少し黙った。
「考える時間が長いだけなんです」
「だろうな」
「でも、その間なにも言わないから」
「なにもしてない人扱い」
「そうです」
蓮司は一瞬だけ視線を上に向けた。
「人ってな」
「はい」
「“途中”を見せないと、“存在してない”扱いされることがある」
相談者は小さく息を吸った。
「それ、地味にしんどいですね」
「地味だから余計にな」
派手に怒鳴られるより、
何かを奪われるより、
ただ「いない」ことにされる。
「話し合いとかでも」
相談者は続ける。
「ちゃんと全部考えてから言おうとすると、話題がもう次に行ってて」
「あるある」
「で、あとから
“それ、さっき言えばよかったのに”って」
「言えばよかったな」
「……言えるなら言ってます」
蓮司は少し笑った。
「まあな」
「しかもそれ言われると、自分が遅い人みたいで」
「遅いんじゃない」
「?」
「慎重」
相談者は首をかしげる。
「違います?」
「違う」
蓮司は即答した。
「慎重な人間は、だいたい“雑な世界”と相性が悪い」
「世界が悪いみたいに言いますね」
「悪いってほどじゃないが、合ってないだけだ」
相談者は黙ってカップを見つめた。
「一番嫌なのは」
しばらくして、ぽつりと言う。
「期待もされてない感じです」
「……ああ」
「頑張れとも言われないし、失敗しても特に何も言われない」
「空気」
「空気です」
「それは効くな」
蓮司はそう言ってから、少し間を置いた。
「でもな」
「はい」
「それで自分まで“何もしてない”って思い始めたら」
「……」
「それは違う」
相談者は顔を上げた。
「自分で自分を否定しないか。
責められないか。
説明しなくていいか」
蓮司は淡々と並べる。
「そこ全部、お前の中で毎回チェックしてから動いてるだろ」
「……してます」
「だから時間がかかる」
相談者は苦笑した。
「めんどくさいですね、自分」
「めんどくさいな」
蓮司は否定しない。
「でも、そのめんどくささで助かってる人もいる」
「誰です?」
「お前自身」
相談者は少しだけ目を伏せた。
「動いてないわけじゃない」
蓮司は続ける。
「見えにくい場所で、ずっと考えてるだけだ」
「見えないなら、ないのと同じじゃないですか」
「他人にとってはな」
「……」
「でもな」
蓮司は椅子にもたれた。
「自分にとってまでなかったことにするな」
相談者はしばらく黙っていたが、
やがて小さく息を吐いた。
「……今日はそれ聞けただけでいいです」
「それなら十分」
「また来てもいいですか」
「暇だからな」
相談者は立ち上がって、ドアの前で振り返った。
「……あの」
「ん」
「ちゃんと考えてる人って、ちゃんと報われます?」
蓮司は少し考えてから言った。
「報われるかは知らん」
「正直」
「でも、考えてた時間だけは無駄にならない」
相談者は、少しだけ笑った。