テラーノベル
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#海辺の町
#センシティブ
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鍵が啓介の上着から出てきたあと、離れの空気は一気に重くなった。誰かが責め立てたわけではない。ただ、皆が次に何を言えばいいのか分からず、声を探して立ち尽くしていた。
啓介は掌の上の鍵を見つめたまま、うまく息ができない。
自分でしまったのならそう言えばいい。けれど、どうしても思い出せなかった。
「……俺、入れた覚え、なくて」
言った瞬間、自分の声がやけに頼りなく聞こえた。
蓮都が眉をひそめる。
「覚えてない、はちょっと怖いな」
「怖がらせたいわけじゃない」
啓介は首を振る。
「ほんとに、抜けてるだけかもしれないけど……」
享佑が腕を組んだ。
「だったら今日の動き、順番に出せ。どこで使って、どこでしまったか」
「取り調べじゃないんだから」
莉々夏が小さく言い、すぐに口をつぐむ。
その時、鼓夏が湯のみを机へ置いた。
「犯人探しみたいになるのは、やめよう」
大きな声ではないのに、場の真ん中へすっと通る。
「啓介くんが困ってる時に、まわりまで困った顔をしたら、余計に見えなくなるでしょう」
少しだけ、皆の肩が下りた。
芽生が啓介の上着へ視線を向ける。
「昼からずっと、それ着てましたよね」
「うん」
「帳場に寄った時も、写真を運んだ時も」
「……うん」
「だったら、急いでる時に無意識で入れた可能性はあります。忙しい日って、手のほうが先に動くから」
遼征が頷いた。
「港でもある。あとで探したら、自分の胸ポケットから出てくるやつ」
絋規が場を軽くしようと笑う。
「よし、今日はここまで。夜になると鍵も物音も全部怪談っぽくなる」
「お前だけだろ」
蓮都が返し、離れに小さな笑いが戻る。
皆が片づけを始めても、啓介はすぐに動けなかった。疲れているだけだと笑えたら楽なのに、笑うには指先が冷えすぎていた。
帰り際、芽生がそっと聞く。
「今日、眠れそうですか」
「寝るよ」
「それ、答えになってません」
「……努力はする」
芽生は少しだけ眉を寄せたまま、何も言わなかった。
戸を閉める前、離れの奥から風が抜ける。その冷たさに、啓介の指がまたわずかに震えた。