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遥の相談室２

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遥の相談室２

第57話 - 第57話　普通の顔をしているだけ

29

2025年12月02日

#BL

#お悩み相談室

#一次創作

#短編

#読み切り

#ドラマ

ruruha

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相談室に入ってきた相談者は、最初から強張った表情をしていた。

疲れているというより、張りつめている顔だった。

椅子に座っても、背もたれにはもたれない。背筋を伸ばしたまま、膝の上に両手をそろえている。その姿勢が、もう“慣れてしまった防御”に見えた。

「……最近、言われるんだ」

間を置いて、相談者は言った。

「“元気そうじゃん”って。普通に笑ってるし、問題なさそうって」

遥は相槌を打たず、視線だけを向けた。

「前はいじめられてた。はっきり分かる形で。でも今は、何もされてない。だからさ……」

言葉が途切れる。

「だから、“普通でいろ”って、空気になる」

相談者は自分の口元を指でなぞった。

「笑ってたら、“もう平気だよね”って顔をされる。黙ってたら、“暗い”って言われる。どっちでも、結局ちゃんとしてない扱いなんだ」

遥は、低く息を吐いた。

「普通って、誰にとっての？」

「周りにとっての、だと思う」

相談者は即答した。

「クラスの雰囲気とか、学校全体とか。あのことを引きずってるの、俺だけみたいで」

“引きずってる”

その言葉を、相談者は苦そうに噛んだ。

「別に、好きで引きずってるわけじゃない。顔に出さないように、声のトーンも気をつけて、テンションも合わせて……」

肩が少し落ちる。

「普通の顔をしてるだけで、毎日すり減ってる」

遥は、机の縁に指先を置いた。

「“普通”をやってる間に、自分がどこにいるか分からなくなることがある」

相談者の目が、わずかに揺れた。

「……ある」

「平気そうな顔は、回復の証明じゃない」

遥の声は静かだった。

「生き延びるための技だ。覚えたくなくても、覚えさせられた」

相談者は、唇を噛んだまま黙っている。

「周りは“もう大丈夫”って思うと安心する。面倒じゃなくなる。でも、それは加害でも回復でもなくて……ただの希望的観測だ」

重い沈黙が落ちた。

「普通に戻れって言われるたびにさ」

相談者は俯いたまま言った。

「じゃあ、あの頃の自分は何だったんだって思う。あれをなかったことにして笑うなら、俺が間違ってたみたいじゃん」

遥は、すぐには答えなかった。

「なかったことにしなくていい」

やがて、短く言う。

「普通の顔をしてるからって、治ったわけじゃない。整理が終わったわけでも、許したわけでもない」

相談者は、わずかに肩の力を抜いた。

「……普通でいないと、居場所がなくなる気がして」

「普通じゃなくても、ここには座れる」

遥の言葉は、それ以上でもそれ以下でもなかった。

特別な希望も、解決策もなかった。

ただ、“普通でいることに疲れている”と言っていい場所が、今ここにあった。