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教室の空気が、朝から静まり返っていた。昨日と同じ時計、同じ黒板、それでも何かが違う。俺の胸の奥には、昨夜の痛みがまだ鈍く残っている。立ち上がるのも辛いはずなのに、誰かが前へ出ろと指を差す。視線が集まると、体が硬直した。
「さあ、みんな。昨日どうしてたか、クラスの前で説明してもらおう」
教師の声は落ち着いていた。だけどその落ち着きが、まるで宣告のように重い。誰も手を差し伸べない。誰も阻止しない。全員が演出に加担している。
「おい、さっさと言えよ。何やってたんだ、昨日」
男子の声が最初に飛ぶ。周りが囃し立てる。
「嘘つくなよ。あの手の連中と一緒だったんだろ?」
誰かが低く笑う。俺は口を閉ざす。言えばまた責められる。言わなければ、嘲りは続く。
「この顔、見ろよ。まだ気持ち悪そうに引きつってるじゃん」
「なあ、泣くの? 泣いたらもっと面白いんだけど」
女子の声が皮肉を含んでいる。誰かが笑い声とともに近づき、肘で肩を加減なく弾いた。身体が浮く。胸の辺りがヒリついた。
「答えられないなら、態度で示せ」
教師の要求はそんな調子だ。説明を求めるふりをして、実験台のように態度を引き出す。机を叩く音が一つ、また一つと重なり、笑いが段々と高くなる。俺の両肩を何人かが押さえつける。逃げ場はない。
「お前、ここにいる資格あるのか?」
「いるだけで空気が腐るんだよ」
「見てて気分悪くなる。黙って消えろ」
言葉は容赦ない。どれもが直接的に俺の存在を否定する。声を詰まらせると、誰かが指を突き出し、あざけるように言葉を上塗りした。
「泣けよ、泣いて謝れよ。そしたら終わるだろ」
「謝った後で、どれだけ痛い目にあったか話してみなよ。みんな聞きたいからさ」
詰問と嗜虐の混じった声。誰かがスマホを構えているのが見える。録画の赤い点が、俺の顔に赤い印を投げつける。
俺は口を開けて、「もういい」とか「帰る」とか、どうでもいい言葉を吐きそうになる。しかし教師がにやりと笑い、声を張った。
「言葉だけじゃ足りない。行動で示してみろ。皆の前で、何をされたか“認める”んだ」
「認めろ」——その言葉は、刃だった。言えば何が返ってくるのか、誰より俺が知っている。けれど教室の圧力は押し付けてくる。隣の机が蹴られ、誰かの靴先が膝に当たる。鈍い痛みが体に連鎖する。
「さっさと言え、情けない態度で逃げるな」
「言えないなら、口に出してみろ。『あいつらに何をされた』って」
言葉で追い詰める。叫ぶように囃す仲間たち。目の前のやつが、嘲笑混じりに俺の顎を掴んで顔を引き上げる。視線を強制される。恥が、痛みが、熱を帯びて胸にうずく。
「お前、男なんだろ? 情けないよな、そういうの好きそう」
「うわ、ほんとに精液臭え顔してる」
新しい罵倒が飛ぶ。さっきまでの「雑魚」ではない、もっと抉る語。相手は語を選んでいない。どんな言葉でもいい、壊せればいいのだ。
涙が出る。嗚咽を堪えようとするたびに、誰かがまた冷たく笑う。教師がひとこと、「授業に影響する」と言って板書を指す。まるで正当化された“教育”の一環だ。全員が合図を合わせるかのように、次々と追い打ちをかける。
「お前みたいなのを放っておくと、連鎖するんだよ。ここで分からせないと」
「そうだ、見せしめだ」
「黙って従えばいいんだ。命令に従えば、それで済む」
声はもっと冷たくなる。誰かが携帯を手に取り、何かを打ち込む音が聞こえる。俺の顔、引きつる口元、はっきりと映る映像が今まさにネットに上げられるかもしれないという恐怖が胸を圧迫する。
「さあ、最後に言っとけ。何があったんだ、正直に」
教室は息を呑んで見下ろす。俺の声は細く、かすれている。出てくるのは許された一言だけだ。だがその一言さえ、ここでは刃になる。
言葉を吐いた後、拍手が起きるような錯覚に陥る。だが拍手は嘲りの波だった。誰かが笑って、「よし、次は廊下でだ」と囁いた。教師は無言でうなずく。
教室の明かりがいつもより冷たく感じられた。俺はその場に突っ伏し、全身から力が抜けていく。だがそれで終わりではない。廊下に出る足取りは鉛のように重く、背後にはまだ笑い声と罵声の余韻が止まない。教室の“見世物”として刻まれたことを思うと、胸の奥が深くえぐれるようだった。