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#読み切り
相談室のドアが、遠慮がちにノックされる。
「どうぞ」
日下部が答えると、少し間があってからドアが開く。
入ってきた生徒は、椅子に座るまでに少し時間がかかった。
「……相談っていうほどでもないんですけど」
「そういうのが多い」
日下部はメモ帳を閉じる。
生徒は机の上を見たまま言う。
「優しい人って、いますよね」
「いるな」
「その人、すごくいい人で」
少し考える。
「誰にでも優しいんです」
「うん」
「怒らないし、悪口も言わないし」
静か。
「でも」
言葉が止まる。
「信用できない感じがして」
日下部は急がない。
「何が引っかかる」
「本音が見えない」
すぐに出た。
「ずっと優しいんです」
「うん」
「でも、何考えてるか分からない」
少しだけ眉を寄せる。
「急にいなくなりそうな感じもして」
教室の外で足音が通る。
「優しいのに、安心できない」
沈黙。
日下部は椅子にもたれる。
「優しさはな」
一拍。
「性格じゃなくて、技術のことがある」
生徒は顔を上げる。
「技術」
「誰にでも一定に接する、っていうスキル」
静か。
「だから、深さとは別」
「……」
「優しい=近い、じゃない」
生徒はゆっくり頷く。
「だから遠く感じるのか」
「多分な」
少し間。
「じゃあ、信用しなくていいんですか」
日下部は短く答える。
「急ぐな」
「え」
「優しい人が信用できるかどうかは、優しさじゃ決まらない」
机に指を置く。
「続くかどうかだ」
「続く」
「時間」
静か。
「ずっと同じ距離でいるか、急に消えるか」
生徒は考える。
「じゃあ今は」
「観察」
あっさり。
「疑っててもいい」
生徒は少し安心した顔になる。
「疑うって、悪いことかと思ってました」
「安全装置だ」
即答。
「優しさに警戒するのは、変じゃない」
一拍。
「落差を知ってる人の反応だ」
沈黙。
生徒は立ち上がる。
「……ちょっと安心しました」
「ならいい」
ドアの前で振り返る。
「優しい人って、本当に優しいんですか」
日下部は少し考える。
「優しい人もいる」
一拍。
「ただ、優しい“だけ”の人もいる」
ドアが閉まる。
優しさに警戒するのは、
ひねくれじゃなくて、
ただの経験かもしれない。
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