「美味しかったです。ごちそうさまー」
「ごちそうさまでしたー」
二人はおかみさんに声をかけてから店を出た。
詩帆は「お腹いっぱいです」と満足気な様子でニコニコしていた。
「じゃあ、腹ごなしに江ノ島の中を散策しますか!」
涼平が笑顔で言うと、詩帆は「はーい」と言って涼平の後をついて行く。
二人はエスカーに乗って上を目指した。
詩帆はエスカーに乗るのは久しぶりだった。
昔家族四人で来た時に、兄とはしゃぎながらこれに乗ったのを思い出す。
江の島は昔とほとんど変わっていなかった。
あまりにも変化がないので、詩帆はあの頃にタイムスリップしたような気持ちになる。
あの日兄と笑いながらふざけていた時の空気がそのまま残っているような気がした。
詩帆が感傷に浸っていると涼平が優しい口調で聞いた。
「昔家族で来たって言ってたけれど、その時はお兄さんもいたの?」
「はい。私が小学生で兄が中学に入った年の夏だったと思います。ちょうどその年、藤沢に引っ越して来たので。それで家族で
初めて江ノ島に来てみたんです」
詩帆は当時を思い出しながら言った。
「じゃあ思い出の場所なんだね」
「はい。今日ここへ来てみて昔と全然変わらないので、なんだか兄がまだここにいるような気がします」
詩帆は少し寂しそうに微笑む。
そして今度は詩帆が涼平に聞いた。
「夏樹さんは菜々子さんと江の島には来た事があるのですか?」
その質問に涼平は一瞬驚いていたがすぐに答えた。
「菜々子とは大学生の頃に一度来たかな」
「大学時代からお付き合いされていたのですね」
「うん、彼女とは大学で知り合ったんだよ。菜々子は僕より二つ年下で、大学のサーフィンサークルの後輩だったんだ」
「そうでしたか…」
詩帆は、自分の知らない菜々子の姿を想像しながらそう返した。
エスカーが一番上に到着すると、二人は江島神社、岩屋へ行った後灯台の上の展望台へ向かう。
展望台からはぐるりと360度の景色を見渡すことができ、富士山や伊豆半島が見えた。
展望台には、夕日目当ての観光客が大勢押し寄せている。
涼平は人が多すぎる展望台を後にして歩き始める。あまりの人の多さにここからの夕日は諦めたようだ。
二人は土産物屋が並ぶメイン通りまで戻るとそのまま歩き続けた。
大勢の観光客を避けながら歩いていると、詩帆が三列に並んだ若者に阻まれてしまい涼平から少し遅れてしまう。
それに気づいた涼平は、詩帆が追いつくのを待ってから詩帆と手を繋いだ。
詩帆はびっくりしたが、涼平は何事もなかったかのようにそのまま歩いているので詩帆もそれに従う。
涼平の手はとても大きくて温かかった。
詩帆は駐車場へ戻るのかと思っていたが、涼平は先程定食を食べた路地を曲がる。
そして定食屋の前を通り過ぎるとグングン先へと進んだ。
その路地は徐々に狭くなり細い小道になった。
この道は海へ続いているようだ。
辺りの家に人の気配はなく、古びた木造の蔵のような建物やカヤック置き場がひっそりとある。
そして緩いカーブを抜けると、いきなり眩しいほどのオレンジ色の光が差し込んで来た。
細い道の突き当たりは下りの階段になっていて、その先には砂浜と青い海が広がっている。
水平線の向こうには、ちょうどオレンジ色の夕日が沈もうとしていた。
太陽の光は海面を真っ直ぐに照らし一本の光の道を作る。
その光の道は二人が今降り立った小さな浜辺まで続いていた。
「綺麗……」
その幻想的な光景を見た詩帆は思わず呟く。
「ここは秘密の浜辺だから貸し切りで夕日が見られるんだ」
涼平はニッコリを笑う。
そして二人は手を繋いだまま、沈みゆく夕日を無言でじっと見つめ続けた。
繰り返される静かな波音が、耳に心地よい。
やがてオレンジ色の太陽は、海に吸い込まれるように滲んでから完全に姿を消した。
そして辺りは薄暗闇に包まれる。
「凄く綺麗でした。素敵な夕日を見せてもらいありがとうございます」
「どういたしまして。喜んでもらえて良かったよ」
それから二人は今下りて来た階段を上り始めた。
そして手を繋いだまま駐車場へ向かった。
車へ戻ると涼平が言った。
「葉山まで少しドライブしよう。夕飯はその辺りで食べようか」
詩帆は頷く。
車が江の島大橋を渡り始めると、バックミラーに映る江の島がどんどん小さくなっていく。
そして車は国道134号線を走り始めた。
右手には海、そして左手にはお洒落な飲食店が点在していた。
明かりが灯る店内には、土曜の夜を楽しむ人達が笑顔で会話している様子が見える。
涼平はウクレレ奏者で有名なアーティストのサーフミュージックを流し始めた。
その曲は夜の海のドライブにぴったりだ。
詩帆は心地よい音楽を耳にしながら、ロマンティックな夜のドライブを楽しんだ。
そこで涼平が詩帆に聞いた。
「ドライブは久しぶり?」
「はい。車は実家に帰った時に父の車を借りて運転するくらいなので」
「詩帆ちゃん、運転できるんだね」
「はい。運転はわりと好きです」
涼平はまた詩帆のアクティブな一面を発見して嬉しくなる。
車は七里ガ浜、由比ガ浜を過ぎ逗子を通り過ぎると、いよいよ葉山へと入って行った。
コメント
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「エスカー」って何だろうとググって見たら野外エスカレーターなんですねー。江ノ島は小学校の修学旅行で行ったきりで機会があれば訪れて見たいと思います。
美味しい定食屋さん🍲や夕陽がきれいなプライベートビーチ🏖️を一緒に廻って楽しい時間を満喫の涼平さんと詩帆ちゃん💏 お兄さんと菜々子さんの話も共有できるのってとても素敵💓 これからもっともっと親密度が増しますように✨