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放課後、教室の空気が急に軽くなる。笑い声と椅子を引く音、廊下に弾ける足音。
俺は誰よりも先に出たいのに、机の中で荷物をまとめる手が動かない。
理由なんてわかってる。
背中で聞こえる足音の数と、わざと机を叩く乾いた音。
「おーい、帰る前にちょっと手伝えよ」
声だけは軽い。
でも、肩を押されるときの力は軽くない。
廊下は人が少なくなっていて、夕陽が長い影を作っている。
誰かが俺の腕をつかんだ瞬間、その影が歪む。
「今日も逃げねーよな」
言葉と同時に、脇腹に硬い拳がめり込む。
息が漏れたのを合図みたいに、別のやつが背中を押す。
「声出すなよ。昨日より人多いからな」
低い笑い声。
足音だけが広がる階段を下りて、人気のない場所に追い込まれる。
壁に押しつけられたとき、背中の冷たさより、足元の感覚の方がはっきりしていた。
昼間からずっと残っていたそれが、また小さく震える。
「な? ほら、こいつ、もう慣れてきたんじゃね」
周りの笑いが重なって、脳の奥で鈍く響く。
逃げようとすれば、腕をねじられる。
反抗しないと決めても、されることは減らない。
「こいつ、こうしてる時が一番マシな顔してんじゃん」
そんな声が降ってきて、何も答えられないまま、夕陽が赤く濃くなる。
腕をねじられたまま、連中の好きな方向に引っ張られる。
廊下の端に残った夕陽が足元に伸びて、俺の影はぐにゃりと歪む。
「まだ早ぇから、もうちょっと遊べるな」
笑い声が背中を追い越し、俺の前に回り込む。
空き教室のドアが、乱暴に開けられる音。
中は昼間の熱がまだ残っていて、埃とチョークの匂いが鼻にまとわりつく。
扉が閉まると同時に、背中を壁に叩きつけられた。
肩口がズキリと痛む。
「おい、あんま暴れんなよ。机倒したらバレるだろ」
わざとらしく小声で言いながら、脇腹にまた拳。
反射的に息が漏れる。
その瞬間、足を払われて膝をつく。
「ほら、見ろよ。勝手にひざまずいたぞ」
足音が近づいてきて、頭を押さえつけられる。
視界が床の木目に近づく。
そこに唾が落ちて、頬をかすめて滑った。
「なあ、なんでお前って、こうやってるときが一番おとなしいんだろな」
笑いながら、肩を靴で押される。
押し返す力もない。
ただ、壁に反響する呼吸音だけが自分のものだとわかる。
やがて、扉が開く。
「行くぞ。送ってやるからよ」
ふざけた調子で言いながら、俺の背中を押して外に出す。
外気の冷たさが頬に刺さる。
夕焼けはほとんど沈みかけ、街の色が灰色に変わっていく。
廊下を歩きながらも、後ろから小突かれたり、耳元で何か囁かれたりする。
意味は聞き取れないけど、笑い声だけはやたらと鮮明だ。
階段を降りるたび、靴底が重く響く。
その音が、家に帰るまで消えないんだろうと、もうわかっていた。
昇降口を出た瞬間、空気が一段冷たくなった。
街灯はところどころ切れていて、足元の影は途切れ途切れに伸びている。
「おい、こっちだ」
背中を軽く叩かれ、細い路地へと進まされる。
人通りのない道に入ると、笑い声が不気味に響く。
肩を掴まれ、いきなり壁に押しつけられた。
「なあ、今日もありがとな。ストレス抜けたわ」
軽く言いながら、腹に一発。
身体が前に折れ、そのまま後頭部を壁にぶつける。
路地の奥からは車の音も聞こえない。
自分の荒い呼吸と、奴らの靴音だけが、やけに大きく響く。
「ほら、顔あげろよ」
髪をつかまれ、強引に上を向かされる。
街灯の光が目に差し込み、視界が白く滲む。
「お前さ、これからも変わんねぇから」
吐き捨てられ、脇腹を蹴られる。
膝が折れて地面に崩れた瞬間、背中を踏まれた。
靴底の圧が、土埃と一緒に肺まで入り込むような感覚。
やがて、足が離れる。
「じゃ、また明日な」
それだけ言って、奴らは去っていく。
残されたのは、薄暗い夜道と、自分の呼吸音だけ。
立ち上がる気力もないまま、背中を壁につけて座り込む。
見上げた空は、街灯の光を吸い込んだように鈍く濁っていた。