テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
夜。カーテンを閉め切った部屋の中、スマホの光だけが浮かんでいた。
その光が、まるで拷問のように目に刺さる。
〈明日のスピーチ、遥で決まりw〉
〈神采配ww〉
〈いや、マジで聞く前から笑えるw〉
〈“緊張してます”って言うまでが見えるw〉
笑いのスタンプ、拍手、爆笑。
通知が止まらない。
スマホの画面が震えるたび、心臓の奥が同じように震えた。
〈やめた方がいいと思う人ー?〉
〈🙋♀️🙋♀️🙋♀️〉
〈✋✋✋✋✋〉
〈過半数超えましたw〉
〈民主主義ばんざいw〉
〈壇上で倒れたらどうする?〉
〈それはそれでウケるw〉
〈“感動スピーチ”になるかもね〉
〈涙で誤魔化すタイプw〉
文字が流れる。
笑いが止まらない。
誰も悪意を口にしているわけじゃない。
でも、その“ふざけ”の軽さが、一番重く響いた。
〈てか、スピーチとか向いてなさすぎw〉
〈人前で話すの無理じゃん〉
〈声ちっちゃいし〉
〈見てるだけでイライラする〉
〈あーいう奴がいると場が冷えるんだよな〉
遥の指先が止まる。
何か言い返そうとして、入力欄に文字を打っては消す。
〈俺、頑張るから〉——打ちかけて、すぐ削除。
〈やめてもいいよ〉——消す。
何を書いても、全部滑稽に見える。
〈やめたら?〉
〈代わりいくらでもいるし〉
〈むしろその方が助かる〉
〈お願いだから失敗すんなよw〉
言葉が刃物みたいに積み重なっていく。
笑い声のひとつひとつが、心の奥をえぐる。
スマホを伏せても、光が瞼の裏に残る。
そこには、自分の名前だけが何度も浮かんでいた。
(……俺が……やらなきゃいいんだ……)
(でも、断ったら、また笑われる)
(どっちにしても、笑われる)
呼吸が浅くなる。
指先が冷たい。
何かが喉の奥まで込み上げてくるのに、声にならない。
〈やっぱあれじゃね?〉
〈“空気読めない代表”〉
〈笑って誤魔化すタイプw〉
〈でも誰も笑ってないっていうw〉
誰かが「スクショして保存しとこ」と送った。
〈本番前に見返したら元気出るww〉
〈励ましの言葉だろw〉
もう笑いなのか、悪意なのかもわからない。
ただ、文字が光るたび、胸の奥で何かが沈んでいく。
(どうして、俺ばっかり)
(何もしてないのに)
(ただ、生きてるだけなのに)
指が画面を滑る。
トークルームを閉じても、笑いの残響が消えない。
通知音が鳴るたび、また開いてしまう。
閉じても、また開く。
まるで罰のように。
〈明日が楽しみw〉
〈見世物としてw〉
〈頼むから盛り上げてくれよ、“主役”さん〉
その最後の一文を見たとき、
遥の中で何かが静かに壊れた。
悲しみでも怒りでもない。
ただ、世界から自分の輪郭が削れていくような感覚。
スマホの光が滲む。
涙か、汗か、もう区別もつかない。
自分の名前が、見知らぬ誰かのもののように見えた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!