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放課後の廊下は人影がまばらで、外の夕日が窓から細く差し込んでいた。相談室のドアが、ためらうように二度ノックされる。
「入れ」
ドアを開けたのは、髪を後ろでひとつに結んだ女子生徒だった。
足取りは軽そうに見えて、膝の動きが不自然に硬い。
「……失礼します」
椅子に腰掛けると、彼女は机の縁をなぞりながら、しばらく黙っていた。
「で?」
促され、ようやく視線を上げる。
「……将来のこと、何も浮かばないんです」
日下部は腕を組んだまま、言葉を待つ。
「進路調査票、もう出せって言われて。周りは“看護師になりたい”とか“理系の大学行く”とか、ちゃんとあるのに……私、何も思いつかない。焦っても、頭が真っ白になるだけで」
「そうか」
「やりたいことがないまま大人になるって、駄目なんですか?
気づいたら、取り返しつかなくなりそうで……怖いんです」
日下部は窓の外に目をやった。
校庭の向こう、沈みかけた陽が雲を染めている。
「道が見えないのは、止まってるからじゃない。歩いてないからだ。
……いや、違うな。歩きながらじゃないと、道は見えない」
「でも……何を選んで歩けばいいのか……」
「選ばなくていい。何でもいいから動け。
大抵のやつは、最初から目的地に向かってるわけじゃない。
ただ、動いてるうちに“あ、こっちかも”って気づく」
女子生徒は眉を寄せた。
「じゃあ、焦っても意味ないんですか?」
「焦るのは悪くない。燃料みたいなもんだ。
ただ、燃料だけで車は走らねぇ。ハンドル握って、ペダル踏まなきゃ」
女子生徒は少し息を吐き、机に置いていた手を離した。
「……じゃあ、とりあえず何か始めてみます」
「ああ。始めたら、勝手に景色が変わる」
立ち上がるとき、彼女はほんのわずか笑っていた。
その笑みはまだ頼りなかったが、日下部はそれを追いかけるように見送った。