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白山小梅
千葉に戻った七星は、最寄り駅の改札を抜け、とぼとぼと歩き出した。
(バイクで来ればよかった……)
バスで帰るのが面倒だと考えていると、一台の車が七星の前に止まった。
「よお、七星! どっか行ってたのか?」
運転席から顔を出したのは、先輩の涼真だった。
父親の工務店で働く彼は、窓を開けて七星に声をかける。
「涼兄! なんでここに?」
「今、取引先の人を駅まで送ってきたんだよ」
涼真はにこりと笑った。
「あれ、お前はバス待ちか?」
「うん」
「じゃ、乗ってけよ。送ってくから」
「ありがとう」
最悪の気分だった七星は、本当は誰にも会いたくなかったが、断るのも不自然だと思い、素直に助手席へ乗り込んだ。
「どこ行ってたんだ?」
「東京」
「東京? なんでまた?」
「お父さんのことで」
「お前の親父さん? 蒸発してたんじゃなかったか?」
「うん。でも、死んだんだって」
涼真は驚いて急ブレーキを踏み、車を路肩に寄せた。
「死んだって、マジか?」
「うん。癌だったらしい」
「癌か……。まだ若いだろうに。残念だったな。お前、大丈夫か?」
「うん。全然平気」
「そっか。でも、駅前でどん底みたいな顔してたぞ」
“それは優人の件でだよ”と七星は思ったが、口にはしなかった。
「久しぶりに東京行ったら疲れちゃってさ」
「そっか。だったら今日は早く寝ろよ。明日も仕事だろ?」
「うん。そうする」
元気のない七星を気にしつつ、涼真は車を再び走らせた。
「親父さんが亡くなると、いろいろ手続きとか面倒なのか?」
「うん。弁護士事務所なんて初めて行ったから緊張しちゃった」
それを聞いた涼真は、胸の奥が少しざわついた。
以前なら、七星は何かあれば真っ先に涼真に相談してきた。だが今回は、何も言わずに一人で抱え込んでいた――その距離が、ほんの少し寂しかった。
「まあ、無職で家を出ていったみたいだし、一文無しに近かったんじゃないか? あ、それよりお前、借金とか押し付けられなかったか?」
「それは大丈夫」
お金の話は他人にするなと躾けられてきた七星は、遺産のことは黙っていた。
それ以上に、優人のことが胸の奥に重くのしかかっていて、話す気力すら湧かなかった。
「そういえばさ、あれ、どうなった?」
「あれって?」
「ほ、ほら……好きな奴ができたってアレだよ」
「ああ、アレ。見事撃沈したよ」
「え?」
「もうすでに新しい彼女がいるみたい」
「……」
思いがけない答えに、涼真は言葉を失った。
「そ、そっか。まあ、人生一度や二度、そんなこともあるし、あんまり気にすんな」
「何それ、慰めてるつもり?」
「な、慰めるだろ……普通こういうときは」
「全然慰めになってないんですけど」
七星が口を尖らせると、涼真はやれやれと肩をすくめた。
「お、俺だって、今、フリーだからな」
「あれ? 涼兄は前の彼女と別れて、もう一年くらい?」
「ああ、そのくらいかな」
「涼兄は好きな人いないの?」
「す、好きな人か?」
「気になってる人とか、これからアタックしようかなって人」
「い、いないこともないけど……どうも脈がないんだよな~」
「へぇ~、涼兄でもそんな自信のないこと言うんだ」
「当たり前だろ。恋愛ってーのはなぁ、いろいろと複雑なんだ。そう簡単にいくか」
「ふふっ。じゃあ、私の友達紹介してあげようか?」
七星が自分にまったく関心がないと改めて思った涼真は、胸の奥で小さく息を吐き、諦めたように言った。
「お前の友達?」
「うん。看護助手の同僚。明るくてかわいくて、すっごくいい子だよ」
「へ、へえ……写真とかないの?」
少し乗り気になった涼真に、七星はスマホを取り出した。
「あ、ほら、これ! この子」
涼真は再び車を路肩に停めると、七星が差し出した携帯を覗き込んだ。
そこには、昼休みに撮ったと思われる七星と百花のツーショット写真があった。
七星の隣の百花は、色白でぱっちりとした目が印象的な、とてもチャーミングな女性だった。
涼真は思わず前のめりになる。
「この子、いくつ?」
「私と同じだよ。最近彼氏と別れたばかりで、誰か紹介してって言われてるの」
「そ、そうなんだ……じゃ、じゃあ、お願いしようかな」
七星は満面の笑みで頷いた。
「オッケー! じゃあ百花に話しとくね」
「も、百花ちゃんて言うんだ」
「うん。“新井百花”。あ、百花のお父さんは大工さんだから、きっと涼兄と話が合うと思うよ」
「へえ……そっか。そりゃ楽しみだな」
急に機嫌が良くなった涼真は、微笑んで車のアクセルを踏む。
涼真のおかげで最悪の気分から少し抜け出した七星は、沈みゆく夕日を見つめながら、現実を受け入れようと必死に胸の痛みをこらえていた。
その頃、長時間の手術を終えた優人は、医局へ戻ってきた。
麗華はすでに帰路についており、医局は静まり返っている。
「尾崎先生、お疲れさまでした。お先に失礼します」
最後に残っていた日勤医師が挨拶をして医局を出て行く。
入れ替わるように、同期の伊藤宏太が部屋へ入ってきた。
「優人、お疲れさん」
「お疲れ」
「今日もしんどそうだったな」
「毎日こうだと、さすがに参るよ……」
「ははっ、ほんと頭が上がらないよ。それにしても、教授たちも優人に頼りすぎなんだよな~」
「仕方ないよ。半年抜けてたんだし……。お詫びのつもりで期待に応えないとな」
優人はそう言いながら、コーヒーを二つ淹れ、一つを宏太に渡した。
「サンキュ。ところでさ、お前、美奈子さんにそっくりの知り合いっている?」
「えっ?」
優人は飲みかけていたコーヒーをこぼしそうになる。
「そんなに驚くなよ。今日さ、病院の前にそっくりな子がいたんだよ。だから、ちょっと気になってさ」
その瞬間、優人の表情が一変した。
「何時頃見たんだ?」
「午後三時頃だったかなぁ」
優人は壁の時計を見る。
針はすでに午後六時を過ぎていた。
「で? 彼女はその後どうしてた?」
「門の方へ向かって行ったから、帰ったんじゃないか?」
「そうか……」
優人は肩を落とし、慌てて携帯を確認した。
すると、七星からメッセージが届いていることに気づく。
それは、七星が送ってきた“最後のメッセージ”だった。
画面を見た瞬間、優人の表情が一変する。
すぐに電話をかけるが、七星の携帯は電源が入っていなかった。
(なんでだ……なんでつながらない? 彼女は何をしに東京へ来たんだ?)
焦りを隠しきれない優人を横目に、宏太はふっと息をつき、低い声で言った。
「水口麗華……あいつには気をつけろよ」
優人は驚いて振り返る。
「そ、それはどういう意味だ?」
「あの女は疫病神だからな。大事な女には、絶対に近づけるな……そういう意味だ」
宏太はそう告げると、意味深な笑みを浮かべた。
コメント
20件
伊藤先生に「疫病神」と言われてるところを見ると、あの女はたぶん、あちこちでこういう悪さをしているんだね…😱😱😱 難しい手術が続き、相当に疲れていると思うけれど…💦 優人先生、早く七星ちゃんの誤解を解かないと!頑張って!!📣✊
優人先生ー!疫病神のせいで七星ちゃんが傷ついてるよー😭 今すぐマッハで千葉へ急いでー!🚗💨 そして、七星ちゃんに気持ちを伝えて欲しい🥹✨
全く許せないんですけど💢 マリコ先生、この女をこっ酷く成敗してくださいね!