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夜の帳が落ち、祭囃子の余韻だけが遠くに残っていた。灯籠の明かりがふたりの輪郭を縁取って、ぼんやりと肌を照らしている。
「……人、多かったな」
日下部がぽつりとこぼす。浴衣の襟が少しだけ乱れていて、首筋が白く浮かんで見えた。
遥はそれを見ながら、何かを考えるように目を伏せた。
「……暑いな」
言いながら、遥は日下部の手首に指をかけた。ほんの、軽い接触。だがそれだけで、日下部の肩がぴくりと揺れた。
「……え、なに」
「ん、別に」
目を合わせた。遥は笑っていた。だが、その笑みはどこか試すような色を帯びていた。
——触れてもいい? それとも、嫌?
問いかけが声にならないまま、肌と肌の間に沈んでいく。
「お前さ、こういうの……慣れてる、んだよな」
不器用に言う日下部の声が震えている。目は逸らさず、ただ揺れていた。
「……うん。そうだよ」
遥の指先が日下部の胸元にふれた。浴衣越しに、心音を確かめるように。
「だから、何も怖くないよ。……ほら、大丈夫」
それは優しさでもあり、媚でもあり、そして、自分を計る試みだった。
自分が、どこまで受け入れられるか。
どこまでなら、嫌われないか。
だが、日下部はそれにすぐ応えなかった。
目の奥に、何か痛むような色が灯る。
「そういうのじゃ、ないって……思いたいんだけど」
遥の動きが止まった。
「……じゃあ、なにが“そういうの”なの?」
「……オレ、あんま、わかんねぇ。けど……そうやって試すみたいに触るお前、なんか、さ……悲しく見えんだよ」
静かな沈黙。
セミの声すら、遠ざかっていた。
遥の手が、そっと離れていった。