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放課後の教室。窓際の席に座る遥は、うつむいたままノートの余白を指先でなぞっていた。誰もいないはずの教室に、風が入ってくる。カーテンが揺れ、遠くで閉じられたドアの音が、過去の記憶と重なる。
彼の中では、何かがずっと間違っていた。
あの日、家の中で誰よりも早く触れられたものは「愛」と呼べるものではなかったはずだ。だけど、それしか知らなかった。そう思えば、あのぬるい手つきも、あの言葉も、どこかで正当化してしまう自分がいる。そうでなければ、壊れてしまいそうだった。
日下部が、教室のドアをそっと開けた。
遥は顔を上げない。けれど気配で、誰なのか分かってしまう。避けたい。でも、避けたくない。彼が何も知らずに近づいてくることが、怖かった。自分の中にある歪んだ何かが、彼を汚してしまいそうで。
「……おまえさ、なんでそんな顔してんの?」
冗談めかして言った日下部の声に、遥はようやく目を向けた。
そして言葉より先に、身体が動いた。小さく、かすかに──その袖を掴んだ。
「……おれ、なにか、していい?」
それが何を意味するか、遥自身もわかっていなかった。ただ、何かを試さなければいけないと思った。
この胸のざわめきが、愛なのか、それともまた違う名を持つ罰なのか──それを確かめる術が、彼には他になかった。