テラーノベル
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校舎の中で、遥の名前は使われなくなっていた。
「アレ」
「それ」
「例のやつ」
本人が近くにいるときほど、声は大きい。
「近づくなよ」
「触んな」
「移る」
廊下を歩くだけで、道が割れる。
避けているふりをしながら、足を引っかける。
転びかけた体を、後ろから突き飛ばす。
「ほら」
「ちゃんと歩けよ」
笑い声。
教室では、机がない。
勝手に後ろに下げられている。
「そこ、ゴミ置き場だから」
「お似合い」
椅子に座ると、背中に衝撃。
蹴る。
殴る。
強くはない。毎日続ける強さ。
「反応薄いのがキモい」
「痛いなら痛いって言えよ」
遥は、唇を噛む。
昼休み、トイレの前。
「入るな」
「汚すな」
鍵をかけられる。
外から、声。
「中で何してんの?」
「どうせ慣れてるでしょ」
下品な笑い。
具体的な言葉は出さない。
でも、意味だけが突き刺さる。
「嫌なら拒否すれば?」
「できないんだっけ」
ドアを蹴る音。
放課後。
体育館裏。
囲む。
男子。
女子もいる。
「ほら」
「今日はどれ?」
指を差される。
肩。
腰。
顎。
「そういう目で見られるの、好きでしょ」
「今まで散々やってきたんじゃん」
遥の喉が震える。
「……ちが……」
拳が飛ぶ。
腹。
肩。
顔の横。
倒れる前に、髪を掴まれる。
「逃げんな」
「ちゃんと聞け」
耳元で囁く声。
「お前が悪い」
「全部」
「そう教えられてきたんだろ」
女子の声が重なる。
「被害者ぶるのやめて」
「可哀想なのは周り」
「空気汚すな」
遥は、息を吸う。
吐く。
「……ごめん……。……やめて……もう……」
何度も。
自分でも数が分からなくなるまで。
そのたび、誰かが言う。
「言えたじゃん」
「学習したね」
最後に、首元を押さえつけられる。
一瞬、視界が白くなる。
離される。
「今日はここまで」
「次、楽しみだね」
人が散る。
笑い声だけが残る。
校舎に戻ると、もう始まっている。
「気持ち悪い」
「存在が無理」
「人じゃない」
遥に聞こえるように。
必ず、聞こえる距離で。
遥は歩く。
俯いて。
止まらない。
止まれない。
次が来ることを、
校舎全体が、もう約束している。
コメント
1件
うわあ……読んでいて、胸の奥がぎゅっと締め付けられました。「アレ」「それ」「例のやつ」と名前すら奪われる感じ、日々じわじわと強さを調整する暴力の描写が、あまりに生々しくて。特に「反応薄いのがキモい」と言いながら毎日続ける加害側の詭弁に、やり切れなさが込み上げました。遥が「ごめん」と謝るしかない循環が、読んでいてとても苦しいです。続きがすごく気になります。
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