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その日は、誰も遥に触らなかった。
代わりに、渡された。
スマホ。
タイマー。
「鳴るまで動くな」
「鳴ったら、次」
床に置かれる。
画面は上向き。
数字が減っていくのが見える。
「見てろよ」
「時間管理、得意でしょ」
誰かが、遥の靴ひもをほどく。
結び直させない。
「歩いたら転ぶから」
「転んだら自己責任」
タイマーが鳴る。
次は、紙袋。
「息して」
「ちゃんと吸って」
袋を被せられる。
口元に小さな穴。
「安心でしょ」
「空気あるもん」
視界が消える。
音だけが残る。
足音が増える。
減る。
笑い声が位置を変える。
「今、誰が前にいるか分かる?」
「当ててみ」
返事を待たず、袋の外から声。
「外したら、最初から」
タイマー。
また鳴る。
袋が外れる。
「はい、失敗」
今度は、椅子。
座らせる。
背もたれに縛らない。
代わりに、椅子そのものを不安定にする。
脚の下に、消しゴム。
コイン。
ペットボトルのキャップ。
「姿勢、良くしろ」
「落ちたら減点」
遥は、身体を固める。
誰かが黒板に字を書く。
×
△
○
「評価」
「今日の遥」
消される。
また書かれる。
「△多くね?」
「努力不足?」
女子の声。
「自分から説明したら?」
「どうしてそうなったか」
遥は、喉を鳴らす。
「……わから……」
途中で、椅子が傾く。
ギリギリで止まる。
「ほら」
「集中」
次は、水。
コップ一杯。
飲ませない。
床に少しずつ垂らす。
「見てるだけ」
「触るの禁止」
水音が続く。
「我慢できない顔してる」
「でも我慢は得意だよね」
時計を見る。
「あと十分」
「そのまま」
最後は、選択。
紙を二枚。
A
B
「どっちか選べ」
「選ばないなら、両方」
内容は書かれていない。
遥は、震える指でAを指す。
「へぇ」
「そっちか」
誰かが笑う。
「理由は?」
「言葉にして」
遥は、言う。
「……ごめ……もう……」
途中で遮られる。
「理由になってない」
「やり直し」
何度も。
言い直させる。
正解は最初から存在しない。
終わり際、誰かが言う。
「今日、触ってないよな?」
「優しくない?」
頷きが返る。
「じゃあ問題なし」
「明日もできるね」
遥は立たされる。
ほどけた靴ひも。
不安定な床。
誰も手を貸さない。
「自分で立てるでしょ」
「成長だね」
廊下に出る。
背中から、声。
「逃げ場ないの、分かった?」
「次は――」
続きは言わない。
言わなくても、
遥には、もう分かっている。
コメント
1件
第24話、読み終えました。 「誰も触らない」という冒頭がもう、背筋が冷たくなるような怖さでしたね。靴ひもをほどかれて不安定な状態に置かれる、息を管理される、紙袋で視界を奪われる…どの仕掛けも日常の延長にあるからこそ、逃げ場のなさが際立っていました。 特に「正解は最初から存在しない」という一文が突き刺さりました。どんな答えを出してもやり直しさせられる、あの無力感。最後の「次は――」が言われないまま終わるのが、逆に余韻を深くしていると思います。遥の心がこれ以上削られませんように…と願いながら、続きが気になります。