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風が薄暗い階段の隅を撫でる。
その日の放課後、遥はいつもと違う違和感を胸に抱きながら、足を急いでいた。
けれど、次の瞬間、足が滑った。
視界が歪み、重力が全身を引き寄せるように感じた。
そのまま階段の段差を転げ落ちそうになった瞬間、――誰かの手が掴んだ。
それは冷たくもなく、温かくもなく、
ただ、確かな「存在感」を持った手だった。
遥は身体を支えられたまま、震える指先でその感触を探した。
しかし顔を上げると、そこに誰もいなかった。
まるで影のように、空気の中に溶け込んでしまったのだ。
「おまえ、また自演してんのか?」
教室に戻れば、そんな嗤い声が待っていた。
誰も信じない。誰も気にしない。
それどころか、それは遥の弱さの証明のように扱われた。
だけど、遥の心だけは、その瞬間の手の感触を覚えている。
冷たくもなく、温かくもない、誰のものでもない、しかし確かな感覚。
誰も見ていなかったその手の正体は、遥にとって「希望」だったのかもしれない。
それは孤独の中で見つけた、唯一の支え。
だが、周囲の嘲笑はその支えを脆く削り取ろうとする。
遥は痛みと孤独に押し潰されそうになりながらも、その手の記憶だけを胸に秘めて、今日もまた無言で日々を過ごしている。