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夜気は重たく、庭の木々の葉がわずかに揺れている。窓を叩いた小石に気づき、仕方なく外へ出た遥は、縁側に腰を下ろした日下部と対面した。互いにしばらく口を開かない。虫の声ばかりが響いていた。
「……なんで来んの」
やっと遥が吐き捨てるように言った。目は合わせない。
「放っとけなかったからだろ」
日下部の返しは短い。
遥は舌打ちした。
「俺のことなんか、結局本気で知りたいわけじゃねえくせに」
声は乾いていたが、胸の奥はざらついて熱かった。口にすればするほど、自分の皮膚を爪で裂くような痛みが広がっていく。
「……それ、俺に言って楽しいか」
日下部の声は低く、かすれていた。
「楽しいわけねぇだろ」
遥がかぶせる。荒く笑った。
「でも、ほら。俺なんか関わらなきゃよかったって、今さら思ってんじゃねーの。こんな汚ぇ奴、誰も本気で必要とするわけないんだよ」
言葉の刃を、自分で自分に突き立てているとわかっていた。
それでも止められない。言わなきゃ崩れてしまう気がした。
沈黙ののち、日下部はゆっくりと顔を上げた。暗がりの中でも、目の奥が濡れて光るのが見えた。
「……どうしたらいいんだよ、遥」
その一言は、怒りでも説教でもなかった。
ただ、混乱と無力のにじむ声。
遥の心臓が強く打った。期待してはいけない。けれど耳がその言葉に縋ってしまう。
「何言ってんだ。お前は強いだろ。俺とは違って、まともで……」
声が揺れて途切れる。
日下部は拳を握りしめ、膝の上に押しつけた。
「強くなんかねえよ。お前がこんなふうに壊れてんのに、俺、何ひとつできねえ」
風が吹き抜け、木の葉がざわついた。
遥は喉の奥で小さく笑った。乾いた、苦しい笑いだった。
「……だから言ったろ。俺のことなんか放っとけって。無理なんだよ、俺と一緒にいるのは」
「無理だなんて、俺が決める」
食い気味に返す日下部の声は強張っていたが、そこには迷いも混ざっていた。
遥は顔を背けた。頬に熱がこもり、言葉が出なくなる。
夜の闇が二人の間に濃く降りて、距離を埋めないまま押し黙った。