テラーノベル
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凪が立ち上がったまま、動かない。
テーブルの上のグラスの氷が、静かに溶けている。
誰もすぐには喋らなかった。
その沈黙を、蒼が破る。
「帰るの?」
軽い声だった。
凪は答えない。
蒼は椅子に座ったまま、凪を見上げる。
「帰れば?」
その言い方は、あまりにも簡単だった。
「別に止めないし」
周りの友達が少しざわつく。
「お、解散?」
「凪逃げる?」
笑い。
凪はゆっくり息を吸った。
足を一歩だけ動かす。
出口の方向。
その瞬間。
「でもさ」
蒼が言う。
凪の足が止まる。
蒼はグラスを回しながら続けた。
「どうせ無理だろ」
凪は振り返らない。
でも。
背中に視線が刺さる。
蒼の声。
「お前さ」
少し笑う。
「俺いないとどこ行くの」
その言葉で。
テーブルの何人かが吹き出す。
「確かに」
「友達いないじゃん凪」
「いつも蒼の横だし」
笑い。
凪の手が、少しだけ握られる。
蒼は続けた。
「大学でもさ、ずっと俺の近くじゃん。 いなくなったら困るだろ」
凪は振り返った。
蒼を見る。
蒼は笑っていた。
優しさはない。
ただ。
試している。
「違う?」
蒼が聞く。
凪は何も言えない。
沙希がその様子を見て、小さく笑った。
「蒼」
静かな声。
「それさ」
グラスを持ち上げる。
「意地悪すぎない?」
一瞬だけ。
空気が変わる。
でも。
沙希の次の言葉で、それはすぐ壊れた。
「でも事実か」
周りが笑う。
蒼も笑う。
凪の胸がゆっくり冷えていく。
沙希は凪を見て言った。
「ごめんね」
全然謝ってない声。
「でもさ」
少し首を傾ける。
「蒼の言う通りだと思う」
沈黙。
「帰るって言うけど、
帰ったあとどうするの?」
凪は答えない。
沙希は続ける。
「蒼のLINE待つ?」
誰かが笑う。
「それはある」
「絶対見るだろ」
凪の視線が揺れる。
沙希はそれを見逃さない。
「ほら」
静かに言う。
「図星」
蒼は椅子に肘をつきながら、凪を見ていた。
面白そうに。
「凪」
名前を呼ぶ。
凪は反応しない。
蒼がもう一度言う。
「凪」
少し低い声。
その声で、凪の視線が動いた。
蒼を見る。
蒼はゆっくり言った。
「帰れよ」
一瞬、空気が止まる。
「ほら」
顎で出口を示す。
「行けって」
誰も笑わない。
今度は少し空気が違う。
凪は動かない。
蒼は小さく笑う。
「ほらな」
グラスを置く。
コト。
「無理じゃん」
その一言。
周りから小さな笑いが漏れる。
凪の喉が動く。
声が出る。
かすれた声。
「……帰る」
蒼は眉を上げた。
「ほんとに?」
凪は答えない。
そのまま歩き出した。
一歩。
二歩。
店の出口に向かう。
その背中に。
蒼の声が飛ぶ。
「凪」
凪は止まらない。
蒼は続けた。
「明日さ」
その声は妙に落ち着いていた。
「大学来いよ」
凪の足が止まる。
蒼は言う。
「来なかったら」
少し笑う。
「本当に終わりにする」
テーブルが静かになる。
蒼の友達が息を呑む。
凪は振り返らない。
蒼の声がもう一度。
「来るだろ」
自信満々に。
「どうせ」
凪の背中は動かない。
蒼は最後に言った。
「だってお前」
小さく笑う。
「俺のこと好きじゃん」
その言葉を背中で聞きながら。
凪は。
店を出た。

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コメント
1件
「帰る」って言ったのに、結局一歩も自由になれてなくて、胸がぎゅっとなりました……。蒼くんの軽い口調と確信犯な問い詰め方が、優しさの皮を被った支配で、読んでて苦しかったです。沙希ちゃんの「でも事実か」の入り方も、笑いながら人の心を削る感じがリアルで怖かった。凪が何も言い返せずに店を出た背中、すごく印象に残りました🥀