テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
店の外は、夜の空気が冷たかった。
凪はドアを閉めて、そのまましばらく立っていた。
店の中の笑い声が、扉越しにくぐもって聞こえる。
自分の名前が出ている気がする。
でも、もう聞きたくなかった。
凪は歩き出した。
足が少し重い。
蒼の最後の言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
――来いよ。
――来なかったら本当に終わりにする。
凪は小さく笑った。
「終わるなら……」
それでいい。
そう思ったはずなのに。
胸の奥が妙にざわつく。
スマホが震えた。
蒼かと思った。
画面を見る。
違う。
知らない番号。
メッセージだった。
開く。
沙希だけど
凪の指が止まる。
続きが表示される。
蒼、まだ笑ってるよ
胸の奥が少し冷える。
次のメッセージ。
凪、帰ったの面白かったって
凪は画面を見つめたまま動かなかった。
すぐにまた震える。
でもさ
明日来なかったらさすがに蒼も冷めると思う
指が少し震える。
またメッセージ。
それでいいならいいけど
数秒。
そして最後に一つ。
凪、蒼のこと好きでしょ
凪は返信しなかった。
画面を消す。
ポケットにしまう。
歩き出す。
でも。
十歩くらい進んだところで、またスマホが震えた。
蒼だった。
凪は見ているだけだった。
電話は鳴り続ける。
出ない。
やがて止まる。
すぐにメッセージ。
どこ
凪は打たない。
次のメッセージ。
帰った?
既読をつけないまま、画面を閉じる。
歩き続ける。
夜の道は静かだった。
頭の中では、さっきの店の光景が何度も再生される。
笑い声。
蒼の顔。
沙希の目。
――帰れよ。
――ほらな、無理じゃん。
凪は足を止めた。
街灯の下。
息を吐く。
「……ほんと」
小さく呟く。
「最低だな」
蒼のことなのか。
自分のことなのか。
分からない。
スマホがまた震えた。
今度はメッセージじゃない。
電話。
また蒼。
凪はしばらく見ていた。
それから。
出た。
数秒の沈黙。
向こうから声。
「遅」
蒼だった。
普通の声。
何もなかったみたいに。
凪は答えない。
蒼は続ける。
「帰った?」
凪は少しだけ迷ってから言った。
「……帰るとこ」
「ふーん」
短い沈黙。
蒼が言う。
「明日来いよ」
さっきと同じ言葉。
凪は何も言わない。
蒼は笑った。
電話越しでも分かる。
「来るだろ」
凪の喉が動く。
「……なんで」
声が少しかすれる。
「そんな言い方するの」
蒼は一瞬黙った。
それから言う。
「だって」
少し楽しそうに。
「来るじゃん」
凪は目を閉じた。
蒼の声が続く。
「今までもそうだったろ。
どんなこと言っても。
どんな扱いしても」
凪の胸が痛む。
蒼は最後に言った。
「結局戻ってくる」
沈黙。
凪は何も言えない。
蒼は少し声を落とした。
「凪」
名前を呼ぶ。
「明日」
少し間。
「来なかったらさ」
凪の心臓が強く鳴る。
蒼の声。
「もう呼ばない」
その一言。
凪の呼吸が止まる。
蒼は続ける。
「ほんとに終わり」
軽い声。
でも。
逃げ場を全部塞ぐ言い方。
数秒の沈黙。
蒼が笑う。
「でも来るだろ」
自信満々に。
「どうせ」
電話の向こうで誰かの声がする。
笑い声。
たぶん店の連中。
そして。
沙希の声が遠くで聞こえた。
「蒼」
軽い声。
「凪、来ると思う?」
蒼は迷わなかった。
「来る」
即答だった。
「だってあいつ」
少し笑う。
「俺のこと好きだし」
その言葉を聞いたまま。
凪は電話を切った。
夜の道に、静けさが戻る。
凪はしばらく動かなかった。
そして。
ポケットの中で、スマホを強く握った。
コメント
1件
いやもう……読んでて胸がぎゅっとなりました。凪が自分の気持ちと向き合わずに逃げようとしてるのに、蒼の「来るだろ」って確信が重くのしかかってくる感じ、すごくリアルでした。特に「俺のこと好きだし」って電話越しに聞こえた瞬間の切なさ……。凪の震える指と沈黙が、言葉より多くを語ってるなって思います。次の展開が気になるけど、ちょっと心の準備が必要ですね(苦笑)。