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直人を好きだと自覚してから、美咲は自分の気持ちを持て余すことが増えた。
朝、花火部の部室に向かうとき。授業中、ふと昨日の会話を思い出したとき。帰宅して鞄を置き、花火のキーホルダーが目に入ったとき。
何をしていても、直人のことが頭の片隅にあった。
別に、四六時中考えているわけではない。
そう言い聞かせてみても、直人から連絡が来ていないか確認する回数は、以前より明らかに増えていた。
自分から連絡する用事を探してみるものの、部活動の連絡ならグループに送ればいいし、わざわざ個別に話しかける理由が見つからない。
『今日の部活、何時からですか?』
そんな文章を打って、消した。
いつも決まった時間に始まるのだから、聞く必要はない。
『昨日の写真、ありがとうございました!』
これも消した。写真を送ってもらったわけではないし、そもそも自分が送った写真の話なら、もう済んでいる。
「……何してんねん、私」
携帯を机に伏せ、美咲は椅子の背もたれに寄りかかった。
連絡したい。
でも、用事がない。
用事がないのに連絡したら、何で連絡してきたんやろと思われるかもしれない。
そこまで考えて、今度は自分が嫌になった。
直人と話したいだけなのに、どうしてこんなに難しいのだろう。
部活で会えば話せる。みんなで出かければ一緒に過ごせる。それなのに、ほんの少しでも自分から近づこうとすると、途端に何もできなくなる。
美咲は机の上のキーホルダーを手に取った。
小さな花火を指先で回す。
直人も、これを見て自分のことを思い出したりするのだろうか。
そんなことを考えて、すぐに首を振った。
「いや、ないない。考えすぎやって」
独り言を言っている自分が、ますます恥ずかしくなった。
放課後の花火部では、次の地域イベントに向けた打ち合わせが行われていた。
今回は、地域の人たちに花火の歴史や安全管理について知ってもらうための展示も担当することになっていた。実際の打ち上げについては、専門の指導者が計画と管理を担う。部員たちは展示資料を作ったり、来場者への説明を考えたりする役目だった。
「この写真、展示に使えそうやな」
直人が古い活動記録をめくりながら言った。
美咲は隣からのぞき込んだ。
「うわ、これ懐かしい! 去年のイベントのやつやん」
「去年、美咲が説明の順番間違えたときの写真もあるで」
亮介が別の紙を持ち上げた。
「ちょっと! 何でそんなもん残ってんの!?」
「記録は大事やからな」
「絶対おもしろがって残しただけやろ!」
「いやあ、あのときの美咲はすごかったで。説明するはずの順番が飛んで、途中で自分でも何言うてるか分からんようになって」
「亮介!」
「最後、直人先輩が助けてくれたんやったな」
紗季が思い出したように笑う。
「そうそう。美咲、顔真っ赤にしてたもんな」
「もう、その話やめて!」
美咲が資料を取り上げようとすると、亮介は笑いながら逃げた。
直人も笑っていた。
「でも、最後まで説明しようとしてたやろ。あれはよかったと思うで」
「……え?」
思いがけない言葉に、美咲は手を止めた。
「途中で分からんようになっても、投げ出さんかったやん。あとでちゃんと調べ直して、次のときには説明できるようになってたし」
直人は何でもないことのように話した。
「そういうの、大事やと思う」
美咲は返事をしようとしたが、うまく声が出なかった。
失敗したときのことを覚えていたのか。
しかも、恥ずかしい場面だけではなく、そのあと自分がどうしたかまで。
「……ありがとう」
ようやく、それだけ言えた。
「何でお礼?」
「いや、ちゃんと見てくれてたんやなって思って」
直人は少し考えた。
「そら、見とるよ。同じ部活の仲間やし」
その言葉は、優しかった。
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けれど同時に、美咲の胸に小さな痛みも残した。
同じ部活の仲間。
直人にとって自分は、そういう存在なのだ。
うれしいのに、少しだけ足りない。
そんなふうに思ってしまう自分が、嫌だった。
直人は悪くない。何も約束していないのに、自分だけが勝手に特別な意味を求めている。
美咲は気持ちを切り替えるように、手元の資料を整えた。
「ほな、これも展示に使えるように整理しとくわ」
「助かる。ありがとう」
直人が笑う。
美咲も笑い返した。
今までどおりに話せている。
それなのに、心の中だけが少しずつ変わっていく。
部活が終わったあと、紗季は美咲を駅までの道に誘った。
「なあ、美咲。ちょっと寄り道せえへん?」
「ええけど、どこ行くん?」
「駅前の本屋。見たいもんあんねん」
二人は商店街を通り、駅前の小さな本屋に入った。
紗季が雑誌を見ている間、美咲は近くの棚を眺めていた。特に探している本があるわけではなかったが、家に帰るのを少しだけ遅らせたかった。
「なあ」
雑誌を棚に戻した紗季が、隣に来た。
「直人先輩のこと、まだ好きなん?」
美咲は棚に伸ばしかけた手を止めた。
「……まだって何やねん。昨日好きやったら、今日も好きやろ」
「いや、そうやけど。自分でも気持ちが分からんようになってへんかなと思って」
「分かってるよ」
美咲は本の背表紙を見つめた。
「好きやで。直人先輩のこと」
今度は、言い直さなかった。
紗季は静かにうなずいた。
「そっか」
「でも、どうしたらええか分からへんねん」
美咲は続けた。
「今の関係が嫌なわけちゃうねん。部活で話せるし、みんなで遊びにも行けるし。直人先輩は優しいし、一緒におったら楽しい」
「うん」
「でも、私はもっと話したいし、二人で出かけたりもしたい。直人先輩が何考えてるんか、知りたいって思う」
そこまで言って、美咲は少し笑った。
「何か、欲張りやな」
「別にええやん」
紗季はあっさり答えた。
「好きになったら、もっと知りたくなることもあるやろ」
「でも、直人先輩は私のこと、そんなふうに思ってへんかもしれん」
「それはそうかもしれへん」
紗季は、無理に否定しなかった。
「けど、そうかもしれへんってだけやん。今の時点では、どっちか分からんのやろ?」
美咲はうなずいた。
「……うん」
「それなら、勝手に答え決めて、自分で諦める必要もないんちゃう」
「でも、もし好きやって伝えて、気まずくなったら?」
「それは怖いな」
紗季は正直に言った。
「今までみたいに話されへんようになるかもしれへんし、部活で顔を合わせるんも気まずくなるかもしれへん。そういう可能性はあると思う」
美咲は唇を結んだ。
紗季は続けた。
「せやから、今すぐ告白せえって言うてるんちゃうで。ただ、自分が何をしたいんかまで、相手の気持ちを想像して決めんでもええんちゃうかなって」
「……何をしたいか」
「うん。直人先輩と今のまま仲良くしたいんか。もっと近づきたいんか。それとも、好きやって伝えたいんか。そこは美咲が決めることやろ」
美咲は考えた。
本当は、もっと近づきたい。
直人にとって、ただの後輩ではなくなりたい。
自分が直人を特別に思っているように、直人にも自分を特別だと思ってほしい。
でも、その願いを口にするのは怖かった。
「……もうちょっと、一緒におる時間を増やしたい」
美咲は小さな声で言った。
「告白は、まだ怖い。でも、今より仲良くなりたい」
紗季は笑った。
「ほな、まずはそこからでええやん」
「簡単に言うなあ」
「簡単ちゃうって。美咲が自分で決めたんやから、ええやんって言うてんねん」
美咲は顔を上げた。
自分で決めた。
直人がどう思っているかは、まだ分からない。
でも、自分がどうしたいかは、少しずつ分かってきた。
「……ありがと、紗季」
「はいはい。今度はちゃんとお礼言えるんやな」
「何それ!」
二人は笑いながら、本屋を出た。
外は夕方の光に包まれていた。
美咲は、明日の部活で直人に会ったら、何かひとつ、自分から話しかけてみようと思った。
大げさなことではなくていい。
昨日見たテレビの話でも、展示の準備のことでも。
少しずつでいいから、自分から近づいてみたい。
そう思えたことが、今はうれしかった。
翌日の放課後、美咲は部室に入る前に、廊下で直人を見つけた。
直人は掲示板の前で、地域イベントの案内を確認していた。
声をかけようとして、足が止まる。
今なら二人きりだ。
話しかけるなら、今かもしれない。
でも、何を話そう。
頭の中で言葉を探していると、直人が先に気づいた。
「美咲? どうしたん、そんなとこで」
「えっ、いや、何でもない!」
「部室、こっちやで」
「分かってるわ!」
直人は不思議そうに笑った。
「何か今日も元気やな」
「……直人先輩は、今日、帰り急いでる?」
言ってから、美咲は自分でも驚いた。
直人が目を瞬かせる。
「いや、特に急いでへんけど。何で?」
「えっと……」
心臓がうるさい。
昨日、紗季と話したことが頭に浮かぶ。
自分が何をしたいのか。
もっと近づきたい。
その気持ちを、ほんの少しだけ行動にしてみる。
「駅前に、新しいクレープ屋できたん知ってる?」
「いや、知らんなあ」
「私、ちょっと気になってて。もし時間あったら……一緒に行かへん?」
最後のほうは、声が小さくなった。
直人は少し考えてから、笑顔で答えた。
「ええよ。部活終わってからでええ?」
「……うん!」
胸の奥が、一気に熱くなった。
断られなかった。
それだけで、こんなにうれしい。
けれど直人は、いつもと変わらない様子で続けた。
「紗季と亮介も誘う?」
美咲の笑顔が、ほんの少しだけ止まった。
直人は気づいていないようだった。
「みんなで行ったら楽しそうやしな」
「……そやな」
美咲は笑顔を作った。
「みんなにも聞いてみよか」
自分から誘ったのに、二人きりで行きたいと言えなかった。
直人が悪いわけではない。彼はただ、仲間と出かけるつもりで答えただけだ。
それでも、胸の奥が少しだけ痛んだ。
部活が終わると、亮介は用事があると言って先に帰り、紗季も家の手伝いがあるため一緒には行けなくなった。
結果的に、クレープ屋へ向かうのは美咲と直人の二人になった。
「何か、結局二人になってもうたな」
直人が言った。
美咲は一瞬、返事に迷った。
「……うん。みんな、用事あるみたいやし」
「そっか。ほな、二人で行こか」
直人は特に気にした様子もなく歩き始めた。
美咲は隣に並んだ。
二人で帰ることは、これまでにもあった。部活の帰り道が同じ方向になることもあるし、用事で少し遅くなれば、自然と一緒になることもある。
けれど、今日は違った。
自分が誘った。
直人と一緒に行きたいと思って、声をかけた。
それだけのことが、自分にとっては大きな一歩だった。
クレープ屋に着くと、店の前には数人の客が並んでいた。
メニューを見ながら、美咲は迷った。
「どうしよ……。いちごもええし、チョコバナナも捨てがたい」
「好きなんにしたらええやん」
「それはそうやねんけど!」
直人はメニューを眺めて、チョコバナナを指さした。
「俺、これにしよかな」
「え、チョコバナナ?」
「うん。昔から好きやねん」
「そうなんや」
美咲はその言葉を覚えておこうと思った。
直人の好きなもの。
何気ない話の中に、まだ知らないことがたくさんある。
結局、美咲はいちごとカスタードのクレープを選んだ。
商品を受け取ると、二人は店の近くにあるベンチに腰を下ろした。
直人はひと口食べて、満足そうに笑った。
「うん。おいしいな」
「ほんまや。来てよかった」
美咲はクレープを食べながら、直人の横顔を見た。
今なら、もう少し話せる気がした。
「直人先輩って、卒業したらどうするん?」
「進学する予定やで。まだ細かいことは決めてる途中やけど」
「そっか。県外とか?」
「今のところは、県内かな。家から通えるとこを考えとる」
美咲はほっとした。
卒業したら、今までみたいに会えなくなる。
そのことが、ずっと気になっていた。
「……よかった」
「何が?」
「いや、県外やったら、なかなか会われへんやろうなって思って」
言ってから、美咲は慌てた。
直人は少し意外そうにこちらを見た。
「そっか。美咲はまだ高二やし、部活もあるもんな」
「うん……」
直人は、卒業後の花火部の話を始めた。
後輩たちが活動を続けていけるように、引き継ぎの資料をまとめていること。卒業してからも、できるだけ地域のイベントには顔を出したいこと。
美咲は話を聞きながら、直人が自分たちのいない未来も考えているのだと知った。
当たり前のことだ。
直人には直人の人生がある。
自分が寂しいからといって、卒業を止められるわけではない。
それでも、もっと一緒にいたいと思った。
「直人先輩」
「ん?」
「卒業しても、花火部に遊びに来てな」
直人は笑った。
「もちろん。みんなが頑張ってるとこ、見に来たいしな」
「……約束やで」
「約束」
直人がうなずく。
美咲はクレープを食べ終えた。
甘い味が口の中に残っていた。
帰り道、二人は学校のことや部活のことを話した。特別な話題ではなかったが、美咲はその時間が好きだった。
直人のことを少し知れた。
自分から誘って、一緒に過ごせた。
それだけで、今日は十分だと思えた。
家に帰ると、美咲は鞄から花火のキーホルダーを外し、机の上に置いた。
その隣に、今日のクレープ屋でもらった小さな紙袋を置く。
特別なものではない。
けれど、自分から誘って、二人で出かけた日の記念にしたかった。
美咲は携帯を開き、紗季にメッセージを送った。
『今日、直人先輩とクレープ食べに行けた!』
すぐに返信が来た。
『よかったやん! 二人でやろ?』
美咲は少し迷ってから答えた。
『うん。結果的に二人になっただけやけど』
『それでも一歩やん』
画面を見つめ、美咲は笑った。
一歩。
確かに、そうかもしれない。
直人が自分をどう思っているのかは、まだ分からない。
今日の誘いだって、直人にとっては後輩との何気ない寄り道だったのかもしれない。
それでも、何もしなければ何も始まらない。
自分が好きだという気持ちまで、なかったことにしたくなかった。
美咲は机の上のキーホルダーを手に取り、指先でそっとなぞった。
好きな人と、もっと一緒にいたい。
もっと話したい。
もっと知りたい。
その気持ちを抱えたまま、明日も会いに行く。
まだ、告白する勇気はない。
直人の気持ちを確かめることもできない。
でも、昨日より少しだけ近づけた。
それだけは、自分で分かっていた。
窓の外では、夜の空が静かに広がっていた。
美咲は明日の予定を確認して、携帯 を枕元に置いた。
明日も部活がある。
直人に会える。
そう考えるだけで、明日が楽しみになった。
コメント
1件
第15話、読み終えました……! 美咲の「好き」が、少しずつ確かなものになっていく感じが本当にいいですね。 特に、直人にクレープに誘うシーン、すごくドキドキしました。自分から一歩踏み出した勇気、めちゃくちゃ尊いです。 「卒業しても花火部に遊びに来てな」って約束を引き出したところ、もう胸がいっぱいになりました。 紗季の友達としての言葉も優しくて、二人の距離がこれからどう変わっていくのか、続きがすごく気になります!🌷