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#命
ruruha
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#学園
要 九十九
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星キラリ

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眠狂四郎
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クレープを食べに行った日の翌日、美咲は花火部の部室に入るなり、直人の姿を探してしまった。
机の上には、昨日の打ち合わせで使った資料が積まれている。窓際には亮介の鞄が置かれ、紗季は展示用の写真を選んでいた。
直人はまだ来ていなかった。
美咲は自分の席に鞄を置き、何でもない顔で紗季の隣に座った。
「その写真、何に使うん?」
「展示の候補。去年の地域イベントの写真、思ったよりいっぱいあって迷ってんねん」
「へえ。これ、私が写ってるやつやん」
「そうやで。美咲、こっち向いてへんけどな」
紗季が見せた写真には、道具を運んでいる美咲の後ろ姿が写っていた。
「何でこんなん撮ってんの?」
「亮介が撮ったんちゃう? あいつ、変なとこで写真撮るから」
「絶対そうや。あとで文句言うたろ」
そう言いながら、美咲は写真を見つめた。
去年の自分は、直人を好きだと自覚する前の自分だった。
もちろん、直人のことが嫌いだったわけではない。頼りになる先輩だと思っていたし、話せば楽しかった。けれど、今のように、姿を見つけただけで気持ちが浮き立つことはなかった。
いつから変わったのだろう。
話を聞いてもらったときか。自分の失敗を笑うだけではなく、そのあとまで見てくれていたと知ったときか。それとも、遊園地で一緒に笑ったときか。
はっきりとした境目は分からない。
気づいたときには、直人がいることが当たり前になっていて、その当たり前がなくなることを想像すると寂しくなっていた。
「美咲、またぼーっとしとる」
紗季に顔を覗き込まれ、美咲は慌てて写真を戻した。
「してへんって!」
「ほんま、分かりやすいなあ」
「何がやねん!」
「別に?」
紗季は何も言わず、写真の束に視線を戻した。
美咲は頬が熱くなるのを感じながら、展示用の資料を取り出した。
そのとき、部室の扉が開いた。
「おはよう。ごめん、ちょっと遅なった」
直人だった。
美咲は顔を上げた。
「おはよう!」
声が大きくなった。
亮介がいないことを、少しだけありがたく思った。
その日の活動は、展示の説明文を作ることから始まった。
地域の人にも分かりやすいように、花火の歴史や地域の祭りとの関わり、安全を守るための取り組みをまとめる。難しい言葉を並べるだけでは、読んでもらえない。かといって、内容を簡単にしすぎてもいけない。
四人は机を囲み、文章を考えていた。
「これ、『火薬の取り扱いには専門的な知識が必要です』でええんかな」
美咲が書いた文を見て、直人がうなずいた。
「ええと思う。実際に扱う人と、俺らみたいに展示や運営を手伝う人の役割も、分けて書いといたほうがええな」
「確かに。花火部って聞いたら、部員が自分らで何でもやってると思われるかもしれへんし」
紗季が補足する。
亮介は説明文を読みながら、首をひねった。
「でも、これだけやと、ちょっと堅ない? 子どもが読んでも分かるようにしたいねんけど」
「ほな、絵も入れたらええんちゃう?」
美咲が提案すると、直人が顔を上げた。
「それ、ええな。図で説明したら分かりやすいと思う」
「やろ? 私、描くで!」
美咲は勢いよく手を挙げた。
「ただし、説明する内容は先に決めてな。絵に合わせて、必要な情報を削るわけにはいかへんから」
「分かってるって!」
「ほんまに?」
「直人先輩まで疑うん!?」
亮介が笑い出した。
「いや、去年の説明の順番を忘れた人やからなあ」
「亮介、あんた、いつまでその話するん!」
「記録は大事やから」
「それ、さっき直人先輩が言うてたやつやん!」
部室に笑い声が広がった。
直人は笑いながら、美咲の書いた説明文をもう一度確認した。
「美咲、絵のほうは頼んでええ?」
「もちろん!」
「助かる。どんなふうにしたら伝わりやすいか、一緒に考えよか」
一緒に。
その言葉が、思いがけずうれしかった。
美咲はうなずき、ノートを開いた。
「ほな、まず全体の配置から決めよ。説明だけやと読むの大変やし、最初に大きな絵を置いて、その横に短い文章をつけたらどうかな」
「ええと思う。実際の展示スペースを確認してから、文字の大きさも決めよう」
直人が隣に椅子を寄せた。
二人でノートを覗き込む。
美咲は図の配置を描き、直人は説明文の順番を整理した。意見が合わないところもあったが、話しているうちに少しずつ形になっていった。
「ここ、もうちょっと空けたほうがええかな」
美咲が鉛筆で示すと、直人はノートを見つめた。
「そうやな。説明を詰め込みすぎると、かえって読みにくいかもしれへん」
「やっぱり? 私もそう思っててん」
「ほな、こっちは別のパネルに分けよか」
「うん!」
気づけば、二人は夢中になっていた。
美咲は、自分の考えを直人に話すことが楽しかった。
ただ褒めてもらいたいわけではない。自分の意見を聞いてもらい、直人の考えも聞き、二人で何かを作っていく。その時間が好きだった。
「美咲、こういうの考えるん、得意なんやな」
直人が言った。
「えっ?」
「絵だけやなくて、見る人がどう思うかも考えてるやろ。そこ、ええと思うで」
美咲は鉛筆を握ったまま、直人を見た。
「……ほんま?」
「うん。自分が描きたいものだけやなくて、見た人に伝わるように考えてるんやなって」
美咲は、うれしさを隠せなかった。
「ありがとう。そういうの、考えるん好きやねん」
「そっか。ほな、今回の展示、期待してるわ」
「任せて!」
いつものように、勢いよく返事をした。
直人は笑った。
その笑顔を見て、美咲も笑った。
昨日よりも、少しだけ自然に話せている気がした。
作業が終わったころには、窓の外が赤く染まっていた。
亮介は道具を片付けながら、大きく伸びをした。
「腹減ったわ。今日、ずっと頭使ってた気がする」
「普段使ってへんみたいな言い方やな」
紗季が言うと、亮介はすぐに反論した。
「使ってるわ! 今日は特に使ったってこと!」
「はいはい。ほな、その頭で自分の鞄くらい忘れんと持って帰りや」
「俺、鞄忘れたことあったっけ?」
「先週、部室に置いて帰ったやろ」
「あれは……翌朝取りに来る予定やってん!」
「初めて聞いたわ、そんな予定」
美咲は笑いながら、机の上を片付けた。
直人は展示の資料をファイルにまとめている。
美咲は少し迷ってから、声をかけた。
「直人先輩、今日の図、家で続き描いてきてもええ?」
「ええよ。無理せん程度にな。次の活動日に一緒に確認しよ」
「うん。ありがとう」
「こっちこそ。助かるわ」
それだけの会話だった。
けれど、次の活動日にまた一緒に考えられると思うと、家に帰ってからも作業を続けるのが楽しみになった。
以前なら、頼まれた仕事を終わらせることだけを考えていたかもしれない。
今は、その先に直人と話す時間がある。
それが、美咲の中で大きな意味を持ち始めていた。
帰り支度を終えた美咲は、部室の扉を閉めようとして、机の上に自分の筆箱が残っていることに気づいた。
「あっ、危な。忘れるとこやった」
筆箱を鞄にしまい、廊下へ出る。
ちょうど直人も部室から出てきたところだった。
「美咲、帰るん?」
「うん。直人先輩も?」
「うん。駅まで一緒に行こか」
その言葉に、美咲の胸が弾んだ。
「……うん!」
二人で校舎を出た。
夕方の道には、部活動を終えた生徒たちの姿があった。運動部の掛け声がグラウンドから聞こえ、校門の近くでは、帰宅する生徒たちが友達と話しながら歩いている。
美咲は直人の隣を歩いた。
昨日のクレープ屋でのことを思い出す。
二人で食べたクレープはおいしかった。直人の好きなものも、少しだけ知ることができた。
でも、今日は何を話そう。
そう考えたとき、直人が先に口を開いた。
「今回の展示、ええ感じになりそうやな」
「うん。私も、描くん楽しみやねん」
「美咲、絵描くの好きやもんな」
「うん。昔から好きやで。上手いかどうかは別やけど」
「上手いと思うけどな」
「えっ?」
美咲は思わず足を緩めた。
直人は前を向いたまま話している。
「この前の活動記録の表紙も、美咲が描いたやろ。あれ、ええなと思ってたんや」
「……見たん?」
「そら見るやろ。部の資料やし」
「あ、そっか」
美咲は少し笑った。
また、勝手に特別な意味を考えてしまった。
でも、直人が自分の絵を覚えていてくれたことは、素直にうれしかった。
「ありがとう。今度、もっとちゃんと描くわ」
「今のままでもええと思うけどな。あんまり気負いすぎんようにな」
「分かってるって」
美咲は笑った。
「直人先輩、たまにお父さんみたいやな」
「えっ、俺、そんな年上に見える?」
「そういう意味ちゃうって!」
直人が困ったように笑い、美咲も笑った。
こういう何でもない会話を、もっとしたい。
一緒に歩きながら、好きなものや苦手なもの、将来のことや、今日あった小さな出来事を話したい。
美咲はそう思った。
駅に着くまでの道で、直人は自分の進路について少し話した。
大学で何を学ぶか。卒業後にどんな仕事をしたいか。まだ決めきれていないこともあるが、興味のある分野を調べていること。
美咲は話を聞きながら、直人にも迷いがあるのだと知った。
いつも落ち着いていて、何でも判断できる人だと思っていた。
けれど、直人もまだ高校生だ。
分からないことがあり、決められないことがあり、それでも自分なりに考えている。
「直人先輩でも、迷うことあるんやな」
美咲が言うと、直人は少し笑った。
「そらあるで。何でも分かってるわけちゃうし」
「何か、意外やわ」
「美咲は俺のこと、どう思ってるん?」
「えっ?」
思いがけない質問だった。
どう思っているのか。
好きだ。
誰よりも気になっていて、会えるとうれしくて、話せる時間を増やしたいと思っている。
でも、そんなことを今ここで言えるはずがなかった。
「……頼りになる先輩、かな」
美咲は答えた。
直人は少し考えてから、笑った。
「そっか。ありがとう」
それ以上は尋ねなかった。
美咲は胸の奥に残る気持ちを抱えたまま、駅まで歩いた。
頼りになる先輩。
間違ってはいない。
でも、それだけではない。
本当の気持ちを隠したまま、少しずつ近づこうとしている。
いつか、それを伝えられる日が来るのだろうか。
駅の改札前で、二人は立ち止まった。
「ほな、また明日な」
直人が言った。
「うん。また明日!」
美咲は笑って手を振った。
直人が改札を通っていく。
姿が見えなくなってから、美咲はようやく息を吐いた。
今日も、特別なことは何もなかった。
一緒に作業をして、一緒に帰って、少し話しただけ。
直人にとっては、いつもどおりの一日だったかもしれない。
それでも、美咲にはうれしかった。
自分の考えを聞いてもらえたこと。絵を覚えていてくれたこと。進路の話を聞けたこと。
直人のことを、少しずつ知っていく。
そして、自分のことも少しずつ知ってもらう。
恋愛というものは、告白するかどうかだけで決まるわけではないのかもしれない。
一緒に過ごす時間の中で、相手の知らなかった一面を知り、自分の気持ちが変わっていく。
美咲は鞄についたキーホルダーを見た。
直人と同じものを持っていることが、まだうれしい。
けれど、それだけで満足できるわけでもなかった。
もっと知りたい。
もっと一緒にいたい。
自分が好きだと思う気持ちを、いつか直人にも知ってほしい。
そんな願いが、胸の中で少しずつ形になっていく。
美咲は改札を通り、ホームへ向かった。
明日も会える。
その当たり前のことを、今は大切にしたかった。
そしていつか、ただの先輩と後輩ではない関係になれたら。
そう願うことを、もう自分に禁じたくはなかった。
コメント
1件
うわあ、この回すごく良かったです……!「頼りになる先輩かな」って答える美咲の気持ち、読んでて切なくなりました。本当はもっと別の言葉がちゃんとあるのに、それ飲み込んで「今は」の距離感守ってて。でもちょっとずつ直人先輩の知らない顔を知れてる感じがじわじわ来ます。一番好きだったのは「絵、覚えてたよ」って言われたシーン。美咲にとってはそっと響く言葉、自分もほっこりしました。 二人で歩く帰り道、この距離がいつか変わりますように。