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ふみ
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玄関を開けた瞬間、音で分かる。
いる。
テレビの音もない。
食器の音もない。
静かすぎる。
「遅い」
リビングから声。
短い。
それだけで十分だった。
靴を脱ぐ手が、一瞬だけ止まる。
「来い」
間を置かない。
遥は鞄を置いて、そっちに行く。
顔は見ない。
見ても意味がない。
「今日、学校どうだった」
質問の形。
でも、答えは決まっている。
「……普通」
一拍。
それで空気が変わる。
「普通?」
繰り返される。
声は上がらない。
低くなるだけ。
「その顔で?」
否定の余地はない。
「嘘つくなよ」
手首を掴まれる。
強くない。
でも、外せない。
そのまま引かれる。
風呂場。
電気がつく。
白い光が、やけに硬い。
「服脱げ」
理由は言われない。
いつもと同じ流れだから。
遅れると、力が少しだけ強くなる。
それで十分。
脱ぐ。
床が冷たい。
足の裏に張り付く。
「立て」
シャワーの前。
逃げ場はない。
扉は閉まっている。
「最近さ」
蛇口に手がかかる。
まだ回さない。
「調子乗ってるよな」
否定しても意味がない。
黙る。
それが一番短い。
「外で何やってるか知らないと思ってんの?」
知っているかどうかは関係ない。
“知っている前提”で話が進む。
水が出る。
最初はぬるい。
一瞬だけ。
すぐに変わる。
冷たい。
一気に温度が落ちる。
肩に当たる。
息が詰まる。
「声出すなよ」
すぐに言われる。
だから、止める。
止めようとして、うまくいかない。
呼吸が乱れる。
「ほら」
位置を変えられる。
逃げようとしたわけじゃない。
でも、逃げた扱いになる。
水が顔にかかる。
視界が途切れる。
息が吸えない。
一瞬だけ止まる。
でも、すぐまた来る。
間を空けない。
「ちゃんと立て」
背中を押される。
壁に当たる。
タイルが冷たい。
水が続く。
時間の感覚がずれる。
長いのか、短いのか分からない。
ただ、止まらない。
「外で何やってもいいけどな」
声が落ちる。
「家では違うだろ」
正しさの形で押してくる。
「分かってるか?」
答えないと、続く。
「……分かってる」
声がうまく出ない。
それでも言う。
「何が?」
間を与えない。
「ここでどうするか」
答えさせる。
「……言われた通りにする」
「そう」
短い。
それで、水が少しだけ強くなる。
確認。
従っているかどうかの。
足の感覚が薄くなる。
冷たさが、痛みに変わる。
でも、止まらない。
止める理由がないから。
「ほら、ちゃんとしろよ」
同じ言葉じゃない。
でも、意味は同じ。
崩れそうになるたびに、戻される。
その繰り返し。
やっと、水が止まる。
急に静かになる。
音が消える。
でも、震えは止まらない。
「拭け」
タオルが投げられる。
受け取るのが遅れる。
床に落ちる。
「拾えよ」
それだけで十分。
拾う。
手がうまく動かない。
「明日もあるんだからな」
出口に向かいながら言う。
振り返らない。
「ちゃんとやれよ」
それで終わり。
扉が開く。
閉まる。
一人になる。
音が消える。
でも、体の中に残っている。
冷たさと、さっきの言葉。
(ここでは間違えない)
考えがそこに落ちる。
学校じゃない。
でも、同じ。
外でどうでも、ここでは、外さない。
逃げる場所はない。
場所が変わるだけで、やっていることは同じになる。
コメント
1件
うわあ……読んでてすごく息苦しかった😭💦 「いる」って一文字で出てくる緊張感、浴びせられる冷たい水の感覚、情景がまざまざと浮かんできた。 家が逃げ場じゃないってつらすぎるし、従うしかない遥の無力感が胸に刺さったよ。 次、どうなっちゃうんだろ……ちゃんと追いかけるからね!💔