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相談室のドアが開いたとき、入ってきたのは、やけに姿勢のいい生徒だった。
制服も髪も乱れてない。笑顔まで、ちゃんと用意されている。
「どうぞー。空いてるよ」
蓮司が言うと、その笑顔は崩さずに椅子に座った。
「元気そうだな」
「よく言われる」
「だろうな」
蓮司はそれ以上、褒めもしない。
その代わり、少しだけ首を傾げた。
「でも、その顔。家用じゃない」
一瞬。
相談者の笑顔が、ほんのわずかに固まった。
「……なにそれ」
「外で使ってる顔だろ」
「当たり前じゃん」
「家では?」
「……同じだけど」
言い切り。でも、速すぎた。
蓮司は机に肘をついて、軽く指を組む。
「家で、外の話する?」
「しない」
「聞かれない?」
「聞かれない」
「じゃあ、話したら?」
相談者は、視線を逸らした。
「……空気、変わる」
「どう変わる」
「“調子乗ってる”とか、
“外で何してんの”とか」
「なるほど」
蓮司は淡々と頷く。
「じゃあ、逆に。
外でしんどい顔して帰ったら?」
「うるさい」
「怒られる?」
「心配じゃなくて、管理」
その言葉だけ、やけに鋭かった。
「ちゃんとしろ、とか。
恥ずかしい、とか」
「外の顔、持ち込み禁止だな」
「そう」
相談者は肩をすくめる。
「家では家の役割があるから」
「役割?」
「期待されてるやつ」
蓮司は少し考える。
「じゃあさ」
「なに」
「外でうまくいった日」
「……言わない」
「楽しかった日」
「言わない」
「褒められた日」
「なおさら言わない」
蓮司は、ふっと鼻で笑った。
「禁止されてるな」
「自慢になるから」
「誰に?」
「家族に」
沈黙が落ちる。
「外の自分が評価されると」
蓮司が言う。
「家の中のバランス、崩れるんだろ」
相談者は、ゆっくり息を吐いた。
「……そう」
「だから、
家では“縮めた自分”でいなきゃいけない」
「でかくなると、怒られる」
「それ、結構きつい」
「でもさ」
相談者は、軽い調子を装う。
「家って、そういうもんじゃない?」
「いや」
即答だった。
「家は、本来」
蓮司は続ける。
「外で獲ってきた顔を、
置いていい場所だ」
「置いたら、壊れる」
「壊れるのは」
蓮司は言葉を選ぶ。
「家じゃなくて、家の中のルールだ」
相談者は黙った。
「外の顔を持つな、っていうのは」
「……」
「“外で成長するな”って言われてるのと同じ」
相談者の喉が、小さく動いた。
「じゃあ俺さ」
「うん」
「家にいるとき、ずっと小さくなってる?」
「そう見える」
「それでも出ていかなきゃいけない?」
「今すぐじゃなくていい」
蓮司は肩をすくめる。
「でも覚えとけ」
「なに」
「外の顔は、お前の本体だ」
相談者は、少し驚いたように蓮司を見る。
「家で使えない顔のほうが?」
「使えないんじゃない」
「?」
「使わせてもらえてないだけ」
しばらくして、相談者が小さく言った。
「……ここでは、出していい?」
「出しすぎると疲れるぞ」
「じゃあ、ちょっとだけ」
笑顔が、さっきより自然だった。