テラーノベル
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#成り上がり
#死に戻り
#ハッピーエンド
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地下室で倒れたあと、サベリオは目を覚ました時には上の休憩室に運ばれていた。
木の長椅子の匂い、濡らした布の冷たさ、顔をのぞきこむミゲロとデシアの影。二人とも何か言っていたが、耳の中でまだ深い時計の低音が残っていて、言葉がうまく形にならない。
「少し休め」
ミゲロの声だけがやっと聞き取れた。
デシアは心配そうに眉を寄せている。録音機は無事らしく、膝の上に抱えられていた。
休んだふりをしながら、サベリオは心の中で決めていた。
もう彼女を本番へ立たせない。
橋の上でも、シェルターの中央でも、彼女がいなければ少なくとも自分は彼女をかばって死なずに済む。深い時計の部屋で見た記憶の濁流が、そう決めつけるには十分すぎた。
それからの数日、サベリオはひどく不自然なくらい自然にふるまった。
録音の手伝いはミゲロへ回す。重い機材はサディオに先に頼む。デシアには「休んでて」「危ないから」「今はいい」と先回りして言い続ける。本人が抗議しても笑ってごまかし、必要な話し合いからも遠ざけた。
「今日のあなた、変じゃなくて嫌」
三日前の夕方、デシアがそう言った。
「どういう意味」
「ちゃんと話さないで守ったふりしてる時の顔」
サベリオは胸を刺されたが、目をそらした。
「今回だけだから」
「そうやって勝手に決めるのが嫌だって言ってる」
言葉はそこで途切れた。彼女は怒ったまま背を向けたが、サベリオは追いかけなかった。追いかけたら揺らぐと思ったからだ。
祭り当日、雨は夕方から強まった。
橋の上の準備は進んでいる。だがデシアは機材整理という名目でシェルター内へ残された。音語りの中心を担うはずだった人がいないせいで、全体の動きに妙な空白ができる。
ジャスパートが何度も確認する。
「本当にこの順でやるのか」
アルヴェの声も険しい。
「本番直前に構成を抜くな」
サディオは装置のつなぎを直しながら舌打ちした。
「誰が最終判断した」
そのたびにサベリオは自分だと言えず、曖昧な説明でごまかした。
ごまかしは空気を濁らせる。
デシア不在のまま始まった音語りは、形だけ整っても芯がない。叫ぶ企画の声も、橋の風音も、どこか宙に浮く。客のざわめきが大きくなり、誘導の声が通りにくくなる。雨脚はさらに強まり、避難の判断が一拍ずつ遅れた。
「シェルターへ移します!」
トゥランが叫ぶ。だが橋の上では誰もが次の指示を待って立ちすくみ、足がもつれる。
シェルター側でも混乱が起きた。主役を外されたデシアが、それでも機材を動かそうとしていたのだ。誰に何を合わせればいいのかわからないまま、人が入口へ集中する。濡れた床で子どもが滑り、押し合いが生まれる。
「下がって!」
サベリオは叫びながら走った。
見たくなかった光景が、別の形で広がっている。デシアを危険から遠ざけたはずなのに、彼女のいない穴がもっと大きな危険を作っていた。
入口近くで大きな音がした。仮設棚が人波に押され、傾いて倒れる。サベリオは反射で飛び込んだ。下にいた子どもを抱えて横へ転がす。背中に重い衝撃が来る。息が抜ける。
顔を上げると、少し先でデシアがこちらへ手を伸ばしていた。怒っていたはずの顔が、泣きそうに歪んでいる。
「だから勝手にしないでって言ったのに!」
その叫びが、豪雨の音を突き抜けて届く。
サベリオは咳き込みながら、やっと理解した。守るために選ばせないことは、守ることじゃない。怖さを理由に相手の役目を奪えば、未来は別の場所から崩れる。
天井を打つ雨音が急に遠ざかる。視界の端で、深い時計の低音がまた滲み始める。零時十三分までは、まだ少しあったはずなのに。
誰か一人の犠牲でつないだだけの成功なら、夜はまた人を連れ戻す。
そういう冷たさを、頭より先に身体が知っていた。
デシアの伸ばした手が届く直前、世界が暗転する。雨の匂いと木の軋みだけが長く残り、サベリオは四度目の朝へ引き戻された。