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「……私、嫌なことがあっても、何も言えないんです」
相談室に入ってきた女子は、椅子に腰を下ろすと、力なくつぶやいた。
「友達にきついことを言われても、笑ってごまかしちゃうし。
ほんとはやめてほしいのに、『大丈夫』って言っちゃう。
……でも、心の中ではずっとモヤモヤしてて。
なんで何も言えないんだろう、って」
日下部は腕を組み、視線をそらしたまま黙っていた。
「……言えねぇ自分が嫌になる?」
女子は小さくうなずいた。
「はい。弱いなって思うし、なんで我慢しちゃうんだろうって」
日下部は机の角を指で叩きながら、何かを思い出すように息を吐いた。
胸の奥に、遥の横顔がちらりと浮かぶ。
──あいつも、きっと同じだった。
自分より周りを優先して、傷ついても黙って、全部耐えて。
そして、その沈黙が、どれだけあいつを追い詰めていたか。
「……我慢できるやつって、強ぇと思われがちだけどな」
日下部は低い声で言った。
「ほんとは一番、傷だらけになる」
女子が驚いたように目を上げる。
「……傷だらけ?」
「耐えて、飲み込んで、誰にも見せねぇ。……そんなん続けたら、自分の中に穴が開く。
それでも立ってるのは、弱ぇからじゃねぇ。……強すぎるからだ」
女子は目を伏せ、ゆっくりと両手を握った。
「……私、強い……のかな」
日下部は少し間を置いて、窓の外に視線を向けた。
「強すぎるやつほど、折れるのも早ぇ。……だから、少しでいいから、誰かに出しとけ」
女子は何かを飲み込むようにうなずいた。
「……はい」
その横顔に、日下部はもう一度遥の姿を重ねてしまい、わずかに目を細めた。
声にならない言葉が喉の奥で渦を巻く。
「……耐えてばっかだと、壊れる。……俺は、それを見たから」
最後の言葉は、自分に向けた呟きのように小さかった。
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