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ロケハンの帰り道、急な雨に降られた。 近くの駐車場に車を入れた途端、外は白い雨音で満たされる。
「少し待つぞ。——濡れすぎだ、お前」
運転席の柳瀬が、助手席の泉を一瞥する。
前髪から水が落ち、首筋へ細く伝っていく。シャツの肩も濡れて肌が透けていた。
「大丈夫です、これくらい——」
「黙れ。風邪ひかれたらスケジュールが狂う」
そう言うと、柳瀬は後部座席からタオルを取り出した。
泉の膝の上に置くのかと思ったその瞬間——
ひやりとした布の感触が、じかに首筋へ落ちる。
「っ……!」
息が漏れる。
柳瀬は“かけるふり”などしていなかった。
指先がタオル越しに皮膚をなぞる。濡れた髪をすくいあげ、耳の後ろをゆっくり拭う。
「……やめて」
弱く、反射的にこぼれた声だった。
車内の狭さが、逃げ場のなさを強調する。
だが、その言葉に柳瀬は微かに笑っただけだった。
「やめられないよ。お前が——その声を出す限り」
近い。
顔も、呼吸の温度も。
タオルを扱う仕草なのに、触れているのは皮膚のもっと深いところだった。
「反応が、わかりやすすぎる」
「……反応なんて……」
「してる。触れられる前から震えてる」
柳瀬の指が、タオルごしではなく、直接泉の首筋に触れた。
濡れた肌の温度に、柳瀬の体温が溶ける。
「っ……あ……」
声を噛み殺したのに、漏れる。
柳瀬の指先はただそっと滑らせているだけ。それなのに、身体は勝手に反応してしまう。
「その声を、俺以外に聞かせるな」
「……誰にも聞かせませんよ、こんなの……」
「なら、もっと出せ」
囁きが耳に触れた。
電気が走るように、泉の背筋が跳ねる。
柳瀬の手が首筋から鎖骨へ降りる。その軌跡が熱くて、呼吸が追いつかない。
「泉。お前は触れられれば崩れる。
だから俺は——触れる日にしか触れないんだ」
「……意味、わかんない……っ」
「わかるだろ」
柳瀬は、泉の喉元にかすかに唇を近づけた。
落ちる寸前で止まる。触れない。だが、熱だけが触れる。
触れないのが、いちばん、壊す。
泉は両手でシートを握り締め、必死に声を抑えた。
「……柳瀬さん……ほんとに……やめて……」
「やめろと言う声がいちばん甘い。
仕事のときとは比べものにならないくらい」
笑っている。
けれど優しくはない。
ただ泉の反応を“使って”いるだけの音。
外では激しい雨が叩きつけているのに、
車内だけは、音も空気も止まっていた。
「……首、拭けた。もういい」
柳瀬が手を離す。
触れなくなった途端、泉の身体が震える。
「触れられないほうが……落ち着かない……」
無意識にこぼれた言葉に、柳瀬は目を細めた。
「それでいい。
俺が触れた日と触れない日の差で、お前は壊れていく」
「……っ」
「ああ、その顔。今日は“触れる日”で正解だったな」
泉はうつむき、胸の奥でどうにもならない熱を抱えたまま、雨が止むのを待った。