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下校時間、隼人はいつもよりテンション高く大地の近くに顔を出した。
「よし、退院祝いだ。商店街いくぞ」
「……祝いって、俺のばあちゃんだろ」
「細かいことは気にすんな。祝う気持ちが大事」
隼人は言うが早いか、大地の腕をぐいっと引く。気づけば夕暮れの商店街。揚げたてのコロッケの匂いが漂う。
「まずはこれだ!」
隼人が買った熱々コロッケを半分無理やり押し付けてくる。
「熱っ……! 口の中、溶岩だろこれ」
「だからうまいんだよ。男なら黙って受け止めろ」
二人はベンチに並んで座り、食レポ合戦を始めた。
「このサクサク感、星三つ」
「何それ、番組?」
「おまえも点数つけろ」
「……星二つ半。揚げたては旨いけど舌やけどした」
「減点理由がリアルだな」
次はクレープ屋。生クリームの山に目を奪われる隼人。
「お前、甘党だったっけ」
「今日からそういう設定にする」
自撮りを始めた隼人が、大地にもカメラを向ける。
「はいチーズ!」
「いや、いいって」
「ほら笑え。大地、写真映えする顔してるんだから」
「……知らねえよ」
大地は耳まで赤くなり、慌てて視線を逸らした。
帰宅すると、ばあちゃんはもう寝息を立てていた。
静かな部屋。さっきまでの笑い声が、遠いものに思える。
台所でコップに水を注ぐ。
ふと、母の声がよみがえった気がした。
父が出て行ったあの晩の、玄関の開く音。
冷たい夜風。
あのときの空気が、胸の奥でまだ息づいている。
それでも――
今日の商店街で隼人と歩いた時間が、じんわり温かさを残しているのを感じる。
重たい記憶の底で、その温もりがかすかな灯のようにゆらめいた。