テラーノベル
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待ち合わせは、店から二駅離れたファミレスだった。夜中でも明るくて、誰でもいていい場所。
「疲れてるでしょ」
席につく前に、そう言われた。
聞かれた、じゃない。決めつけでもない。
事実確認みたいな声。
「まあね」
私はドリンクバーのボタンを押す。
水じゃなくて、ぬるいお茶を選ぶところまで見られている気がした。
彼は、私に触れない。距離を詰めない。その代わり、逃げ道を全部残す。
「今日、話さなくてもいいよ」
先に言われて、少しだけ肩の力が抜けた。
店の話はしない。客の話もしない。仕事の愚痴も、求められない。
代わりに、彼が話す。
会社のこと。
うまくいかなかった会議。
部下が辞めた話。
全部、オチのない話。
私は相槌を打つだけ。営業用の笑顔もいらない。評価される感じもしない。
「ナナはさ」
店の名前だって分かってるはずなのに、
その呼び方が、ここでは一番しっくりきた。
「ここに来ると、ちょっと静かになるよね」
私のことを、どうこう言わない。
“一緒にいる状態”だけを、肯定する言い方。
「……うん」
それ以上、言葉がいらなかった。
彼は、私を好きだと言わない。可愛いとも、特別だとも言わない。
でも、予定を空ける。連絡は、切らさない。会えない日は、責めない。
「帰れる?」
会計のあと、そう聞かれる。送るとも、送らないとも言わない。
「帰れる」
そう答えると、彼はうなずくだけ。
駅まで並んで歩く。
人混みの中で、私はキャバ嬢じゃない。ただの、少し疲れた女。
別れ際、彼は言う。
「また、しんどくなったら来な」
約束じゃない。誘いでもない。“場所”を指す言い方。
電車に乗ってから、私は気づく。
この人は、私の未来を欲しがらない。その代わり、今を預かろうとする。
それは、恋じゃない。でも、仕事でもない。
依存に近い安心。壊れない距離。逃げ場として、ちょうどよすぎる人。
スマホを見る。彼からの追いメッセージは、ない。
それが、少しだけ寂しくて、
同時に、ものすごく楽だった。
――この人を選んだら、
私はきっと、恋はしない。
でも、壊れもしない。
そう分かっているのに、
次にしんどくなった夜、
ここに来てしまう気がしていた。
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