コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「おい、こいつら並べて立たせろ。ほら、もっと近づけ」
押しやられて、日下部と肩がぶつかる。反射的に距離を取ろうとしたが、後ろから押し戻されて机に寄せられた。
「そうそう、隙間作んな。仲良しなんだろ?」
「こっち向いてみろよ、顔そっくりだぜ。裏切られても離れらんねーのか?」
笑い声が弾ける。
隣の日下部は何も言わない。ただ前を見据え、石のように動かない。
その沈黙が胸を刺す。
「同じことさせた方がおもしれーだろ。片方だけやっても意味ねぇし」
「おい、声揃えて“すみませんでした”言わせろよ」
「いやいや、もっとさ。昨日の続きやらせろ。二人同時に」
ざわめきが広がり、誰かが笑いながらチョークを握った。黒板に大きく「ペア」と書かれる。白い粉が散って、空気が乾いた。
「お前ら、もうクラスのマスコットだな。今日から正式に“ペア”だ」
「セットでやらせないと意味ねえぞ?」
腕を掴まれ、無理やり膝をつかされた。横を見ると、日下部も同じ姿勢にさせられていた。拳を握りしめているのが分かる。抵抗するように見えて、でも何も言わない。
(もう……諦めてるんだ)
その背に影を落とすように笑い声が重なった。
「おー、シンクロしてんじゃん。なかなか絵になるぞ」
「次は声も揃えてな? “僕らはバカです”ってさ」
「……っ」
喉の奥で言葉が詰まった。否定すれば日下部が狙われる。黙れば笑い者になる。結局、どちらにしても守れない。
日下部の横顔が視界に映る。無表情。けれど、肩の震えが小さく伝わってくる。
(俺が……壊したんだ。全部)
「ほら遥、先に言ってみろよ」
「日下部もだ。二人同時に言え」
促される声。押し付けられる沈黙。
無理やり声を絞り出した。
「……僕らは……バカです……」
自分の声が、刃物みたいに耳を切った。
すぐ横で、日下部の声も重なる。低く、掠れて、諦めを帯びた声。
――笑い声が爆発した。
「なにそれ! 完璧じゃん!」
「お似合いだな、バカ同士!」
「もっとやらせようぜ。次、土下座だ!」
命令のたびに、二人同じ動きを強要される。
反抗すれば叩かれ、従えば笑われる。
どちらに転んでも、地獄にしかならない。
(俺が動くたび……誰かを傷つける)
(守ろうとするほど、裏切りになる)
繰り返す自己否定が耳鳴りと混ざって頭を締めつける。
目の前がにじむ。視界の端で、日下部がうつむく影が揺れた。
(もう俺じゃ……守れない)
笑い声が波のように押し寄せる。
俺と日下部を、ひとつの「玩具」として飲み込んでいく。
――終わりは、まだ来なかった。