テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
それからというもの、優人と七星は言葉を交わすことがなくなり、すれ違いの日々が続いていた。
七星を見かけた優人が声をかけようとすると、七星は逃げるようにその場を離れてしまう。
人目もあるため優人も追いかけることもできず、ただ悶々とした思いを抱えたまま日々を過ごしていた。
七星の日課だった浜辺での休憩も、ここ最近は避けるようになっていた。
自分がそこにいれば優人が来てしまう――そう思うと、以前のように海へ向かうことができなかった。
そんな七星の変化に気づいた看護助手主任の杉本が、休憩中の七星に声をかけた。
「七星ちゃん、最近、尾崎先生とあまり話してないみたいね」
突然の指摘に驚きつつも、七星はそっけなく返す。
「そうですか?」
「うん。前はすごく仲良しだったのに、ここ最近よそよそしいっていうか……。尾崎先生と何かあったの?」
「別に、何もないです」
「そう? ならいいけど……。困ったことがあったら遠慮なく言いなさいよ」
杉本はそう言って笑顔で立ち去った。
そのやり取りを聞いていた百花が、七星の方へ身を乗り出した。
「私も思ってたんだよ。ねえ、尾崎先生となんかあったでしょ?」
「ないない。何もない」
「嘘! 絶対なんかある! 言いなさいよ、七星!」
百花が食い下がるので、七星は観念したように口を開いた。
「まあ、ちょっとね……」
「ちょっとって何?」
「うん……。実はさ、私の顔、尾崎先生の亡くなった奥さんにそっくりなんだって」
その瞬間、百花は口に運んでいたシュウマイをぽろっと落とした。
「嘘!」
「嘘じゃないよ、本当みたい」
「誰に聞いたの?」
「平子さん」
百花の表情が一気に険しくなる。
「ああ、あの人。尾崎先生を狙ってたんだよ。でも、尾崎先生は七星と仲良かったから、嫌がらせでそんな嘘ついたんじゃない?」
怒りをにじませながら百花が言う。
「私も最初はそう思ったけど……どうやら本当みたい。迫田さんも言ってた」
「迫田さんが? だったら、マジか~」
「うん。先生が私と親しくしてたのは、きっと奥さんの面影を私の中に見てたんだと思う。なのに、私自身と仲良くしてくれてるって勘違いしてたなんて……バカだよね」
「尾崎先生最低! それって、七星を奥さんの代わりにしてたってことでしょ? マジ許せない!」
「怒らないで。別に、先生に何かされたわけじゃないから」
そう言いながら、七星は優人との時間を思い返していた。
病院前の砂浜でのおしゃべり。
海辺でのドッジボール。そして、チューリップの花束。
七星の自宅で過ごした穏やかなひととき。
どれも遠い昔のことのように思えてくる。
(私と一緒にいたとき、先生は“私”じゃなくて“奥さん”を思い出してたんだ……)
そう思った瞬間、七星の胸がぎゅっと痛んだ。
それは、これまで感じたことのない痛みだった。
(この痛みは何? 何なの?)
百花が優人の悪口を言い続けていたが、その声は七星の耳を素通りし、虚しさと切なさだけが心に染み込んでいった。
かたくなに自分を避ける七星を、優人はもう追いかけることができなかった。
急に距離を置き始めたということは――おそらく、七星は自分が優人の元妻に瓜二つだということを知ってしまったのだろう。
本来なら自分の口から伝えるべきだったのに、彼女は先に知ってしまった。
今の優人には、どうするのが正しいのか分からなかった。
自分の気持ちがはっきりしないまま追いかければ、彼女をさらに傷つけてしまう。
そう思うと、足が止まってしまった。
そして二人が言葉を交わさないまま、数か月が過ぎていった。
その間、優人は脳神経外科医としての勘を完全に取り戻し、難しい手術も難なくこなすようになっていた。
妻が亡くなった原因でもあるくも膜下出血の患者も、何人も執刀した。
七星へのやりきれない思いに蓋をし、優人は仕事に没頭した。
その成果は目に見えて現れ、外科医としての技術はすっかり復活していた。
優人がこの病院に来て半年以上が過ぎた頃、かつて所属していた東京の大学病院から野中に電話が入った。
内容は――完全に実力を取り戻した優人を、大学病院に復帰させたいという誘いだった。
電話を切ると、野中はすぐに優人のもとへ向かった。
「え? 僕に戻ってこいと?」
「ああ。お前の力が必要らしい。ぜひにって言われたよ」
「でも……」
「うちのことは気にするな。大学病院に戻って以前のようにやれる自信があるなら、戻った方がいい。お前はこんな田舎の病院に埋もれてる器じゃないんだからな」
「先輩……」
「その代わり、どうしてもお前の力が必要なときは遠慮なく頼るからな。そのときは、うちで執刀してくれ。その条件でなら、優人を返してもいいと、先方にも伝えておいた」
「……本当にいいんですか?」
「ああ。七星ちゃんとも顔を合わせづらいだろうし……だったら、思い切って環境を変えてみてもいいだろう」
「すみません……余計な心配かけて……」
野中は腕を組んだまま愉快そうに笑った。
「本当だよ。お前ほど手のかかる後輩は初めてだ!」
「先輩……」
「ははっ、冗談だよ。でもな、お前の腕を必要としている人が東京にはいっぱいいる。今のお前の使命は、病と闘う人を救いまくること。それが医者としての本来の使命でもあるんだ。だから、頑張れ!」
「ありがとうございます……。僕が元の自分に戻れたのは、すべて先輩のおかげです……。感謝してもしきれません。この恩返しはいつか必ず……」
「ははっ、気にするな。まあ都会に疲れたら、またいつでも帰ってこいよ。そのときは、こっちでまたビシビシしごいてやるから」
笑顔の野中を見つめながら、優人の胸には深い感謝の気持ちと、七星への想いが複雑に入り混じっていた。
白山小梅
コメント
20件
この勘違いをどうやったら解決できるかなぁ。 あの女は余計な事を言ってくれて本当に腹が立つわ💢
優人先生、話せないまま東京に帰っちゃうの🥺💦このままは良くないよ… えーん😭もどかしいーー🥺🥺
マリコ先生がこの危機どう解決するのか❗️ 明日の更新がとっても楽しみ😋💖