テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
朝。
講義棟の前はいつも通り人が多かった。
笑い声。
スマホの音。
何も変わらない日常。
でも。
凪の足は、校門の前で止まっていた。
行かない方がいい。
それが一番分かっている。
蒼の言葉が頭に浮かぶ。
――来なかったら、もう呼ばない。
凪は目を閉じた。
それでいい。
それで終わる。
そう思って、何度も帰ろうとした。
でも。
気がついたら、ここまで来ていた。
「……ほんと」
小さく笑う。
「馬鹿だな」
凪は校門をくぐった。
講義棟の階段を上がる。
胸の奥が重い。
蒼はきっと、もう分かっている。
自分が来ること。
階段を上がりきったところで。
声がした。
「ほら」
男の声。
「来た」
凪の足が止まる。
廊下の奥。
蒼の友達のグループがいた。
五、六人。
壁にもたれて、こっちを見ている。
その真ん中に。
蒼。
そして。
沙希。
蒼は凪を見て、笑った。
予想通り、という顔。
「おはよ」
軽い声。
凪は何も言わない。
周りのやつが笑う。
「ほんとに来た」
「すげーな」
「蒼の言う通り」
沙希は腕を組んで、凪を見ていた。
少しだけ面白そうに。
「ほら」
静かな声。
「来たじゃん」
蒼は肩をすくめる。
「言っただろ」
凪はその場に立ったまま動かなかった。
蒼が近づいてくる。
数歩。
距離が詰まる。
蒼は凪の顔を覗き込んだ。
「なんで来たの?」
昨日と同じ質問。
でも。
答えは分かっている言い方。
凪は視線を落とす。
蒼は小さく笑った。
「ほら」
周りに向かって言う。
「言った通り」
誰かが吹き出す。
「マジ犬」
「呼んだら来る」
凪の耳の奥が熱くなる。
蒼は続けた。
「なあ凪」
凪の顎に軽く指をかける。
上を向かせる。
「昨日さ」
少し笑う。
「帰るとか言ってたよな」
周りがくすくす笑う。
蒼の目は楽しそうだった。
「帰れた?」
凪は答えない。
蒼は顔を近づける。
声を少し落とす。
でも。
周りにはちゃんと聞こえる距離。
「結局さ、来たじゃん」
その一言。
笑い声。
凪の胸が強く締め付けられる。
そのとき。
沙希が口を開いた。
「ねえ蒼」
静かな声。
蒼が振り向く。
沙希は凪を見たまま言った。
「ちょっと可哀想じゃない?」
一瞬。
周りが静かになる。
でも。
沙希はすぐ続けた。
「ここまで来たんだからさ」
少し笑う。
「ちゃんと褒めてあげなよ」
空気が少し歪む。
蒼の友達が笑い始める。
「何それ」
「褒めるの?」
蒼も笑った。
「何を?」
沙希は肩をすくめる。
「従順さ?」
その言葉で。
また笑いが起きる。
凪の視線が揺れる。
沙希はゆっくり歩いてきた。
凪の前に立つ。
蒼の隣。
近い距離。
「凪」
名前を呼ぶ。
凪は反応しない。
沙希は首を傾けた。
「昨日さ、帰るって言ってたよね」
凪は小さく頷く。
沙希は笑った。
「でも来た」
少し間を置いて。
「なんで?」
凪は答えない。
沙希は蒼を見て言った。
「ねえ、蒼」
蒼が「ん?」と返す。
沙希は言う。
「こいつさ」
凪を指す。
「どこまでやったら離れると思う?」
廊下が静かになる。
蒼の友達が笑いをこらえている。
蒼は凪を見た。
少し考えるふりをして。
それから言う。
「無理じゃね」
軽い声。
「こいつ」
凪の肩を軽く叩く。
「壊れてるし」
笑い声。
沙希も笑った。
「確かに」
そして。
凪の目を見て言う。
「ねえ凪」
声は柔らかい。
でも。
残酷だった。
「まだ帰らないの?」
凪の喉が動く。
何か言おうとする。
でも。
言葉が出ない。
蒼が小さく笑った。
「ほら」
低い声。
「もう無理だろ」
凪の耳の奥で。
笑い声がまた広がる。
廊下を通る学生が、ちらっとこっちを見る。
でもすぐ去る。
誰も止めない。
蒼は最後に言った。
「なあ凪」
凪はゆっくり顔を上げた。
蒼の目は、楽しそうだった。
「今日さ」
少し笑う。
「どこまで耐えられる?」
その言葉で。
周りがまた笑った。
凪は。
その場から動けなかった。
ぽっかれも
580
115
み。
555
コメント
1件
うわっ…第38話、読み終わったけど胸がギュッてなったよ…😢💔 凪、ちゃんと来ちゃったんだね。「行かない方がいい」って分かってても、蒼の「来なかったら呼ばない」って言葉が頭から離れなくて、結局足が校門をくぐっちゃうの、切なすぎるよ…。 沙希の「まだ帰らないの?」って台詞、優しい声なのにめちゃくちゃ刺さるんだけど…!あの場の空気、笑い声、誰も止めてくれない廊下の冷たさがリアルで、読んでて苦しかった🥺💦 凪の「どこまで耐えられる?」って問いかけで終わるラスト、マジで続きが気になりすぎるよ〜!次話も絶対読むからね!!📖🔥