テラーノベル
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席に着く前から、視線は刺さっている。
毎朝、遥が教室に入ると空気がわずかに変わる。湿度が増すような、遠巻きの圧が、皮膚の内側に染み込むように続く。
「おはよー……あ、間違えた、ごめん、なんか変なの来た」
笑いが弾ける。悪気のないふりをした悪意は、誰も止めない。
遥の机の引き出しには、畳まれたままの下着の写真。中身は彼のものではない。だが、それを見た瞬間、誰が用意したかなど問題ではなくなる。ただ“そこにある”というだけで、彼はまた一段、言葉にならない場所へ沈む。
担任は、見て見ぬふりをする。「またか」とも、「そういう子だからな」とも、言わない。ただ、無言の黙認が支配を完成させる。
「なあ、今日のターン、誰が先にする?」
「昨日、膝触って泣きそうになってたから、今日は首すじ、いってみる?」
笑い声。ゲームのように、彼の反応は共有され、記録され、次の手へと繋がれる。
誰も直接、遥に話しかけたりはしない。だが彼を中心に、あらゆる“遊び”が組み立てられていく。
「どうせ好きなんでしょ、こういうの」
黒板に書かれた落書きには、彼の名前と、性的な言葉が並ぶ。中学生の言葉とは思えない生々しさで。
遥は視線を落とす。消そうともしない。消せば、反応とみなされる。無視しても、同じ。沈黙は防壁にはならない。ただの承認に変わる。
放課後、机の下に落ちていた小さなリボンを拾う。誰のものかなど、遥はもう気にしない。ただ、どこかで自分の存在が、誰かの不在の証明になっていく感覚だけが、胸を締めつける。
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