テラーノベル
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倉庫の中は朝になっても冷たかった。窓もなく、湿った木の匂いと、油の古いにおいが絡み合って、吐き気のするような空気が淀んでいる。遥は膝を抱え、耳の奥で自分の心臓の音ばかりが大きく響いていた。
錠前が鳴る音。やっと扉が開いたと思った瞬間、光の中に颯馬の影が現れた。
「……出たいの?」
低い声が落ちる。遥は顔を上げ、唇だけが震えた。
「子犬は……どこにいるの」
声は思いのほかかすれていた。あの小さな体の温もりが、まだ掌に残っているのに、姿が見えない。
颯馬は返事をせず、倉庫の床を一歩ずつ踏みしめて近づいてくる。靴底が湿気を吸った木を軋ませた。
「ねえ……」
遥はもう一度、言葉を探すように呟いた。
「あの子、無事なんでしょ」
颯馬は笑わなかった。けれど、その目だけがどこか愉しんでいるようだった。
「無事、か……」
その言い方に、遥の胸の奥で冷たいものが落ちた。
「まさか……殺したの……?」
頬に汗のような涙が伝う。颯馬はその顔を見下ろし、わざと視線を逸らした。
「……俺たちが“ちゃんと躾”しておいてやったよ。もう、吠えない」
その言葉が何を意味するのか、遥は理解したくなかった。耳の奥で、ひときわ大きく心臓が跳ねた。
颯馬は背を向け、出入り口の光の中で振り返りもせずに言った。
「おまえも、ちゃんと躾されなきゃな」
扉が閉まり、再び闇が倉庫を包んだ。遥は抱えた膝に顔を押しつけ、かすかに震えながら、何度も「違う」と呟くことしかできなかった。
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