日下部の相談室

「……日下部くん。俺、いじられキャラなんですよ」

相談室に来た男子は、無理に笑いながら話した。

「みんなといるとき、バカにされて、突っ込まれて……。笑って返すのが当たり前になってるんです。

でも家に帰ると、なんか、ずっと胸がざわざわして。俺、ただの“笑われ役”なんじゃないかなって」

日下部は机に肘をつき、目を伏せたまま、少し息を吐いた。

「……それ、きついな」

男子は苦笑した。

「でも、嫌だって言ったら雰囲気壊れるし。怒ったら『ノリ悪い』って言われるし。……それで友達いなくなるのが、一番怖いんです」

その言葉に、日下部はしばらく黙った。

窓から差し込む光の中で、男子の顔だけがやけに暗く見えた。

「……それでも言わなきゃ、たぶん、ずっとしんどいままだ」

日下部は低い声で言った。

「でも……言ったら、友達いなくなりますよ」

「……そうかもしれねぇ」

日下部は真正面からそれを否定しなかった。むしろ、苦しげに認めるように言った。

「でもな……“笑って返してるだけの自分”でつながってる友達なら、もうそれは……本当の意味じゃ友達じゃねぇだろ」

男子は顔をしかめた。

「……わかってます。でも、俺、ほんとにひとりになるのだけは嫌で」

日下部は男子の言葉を遮らず、しばらくそのまま聞いていた。

自分の拳を見つめるようにして、ぽつりと言った。

「……俺もさ、孤立したことある。笑えなくて、気づいたら周りから浮いてて……。

あのときは本気で、“ひとりになるくらいなら、誰かに合わせてでもいたい”って思った」

男子ははっと日下部を見た。

「でもな……そこで無理して合わせてたら、もっと自分が嫌いになってたと思う。

……だから、怖ぇけど、一度はちゃんと“嫌だ”って言ったほうがいい」

男子は視線を落とし、唇をかんだ。

「……言えるかな」

「すぐに言えなくてもいい。

でも、“言えなきゃ自分が壊れる”ってとこまでは来てんじゃねぇか？」

男子は何も言えずに、ただ静かにうなずいた。

その顔を見て、日下部は少し視線をそらしながら、ぶっきらぼうに言う。

「……俺はさ、お前が無理に笑ってるとこより、ほんとに笑ってるとこ、見てみてぇけどな」

その言葉に、男子は初めて少しだけ、力の抜けた笑みを浮かべた。