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調査は、思った以上に静かだった。
玲と澪は、市立図書館に来ていた。
古い新聞の縮刷版。
地方紙のバックナンバー。
事件が起きた年の棚だけが、妙にすっきりしている。
「……やっぱり、ないね」
澪が小さく息を吐いた。
ページをめくる指先は慎重だが、迷いはない。
「通常なら、ベタ記事くらいは残る」
玲は淡々と言う。
「傷害事件で、有罪判決。しかも地裁判決まで出ている」
「うん」
「“完全に無視された事件”って、変だよね」
二人は同じ結論に、同時に辿り着いていた。
図書館の端末で、全国紙のデータベースも確認する。
事件名。
地名。
被告人の名前。
検索結果は、ゼロ。
「……徹底してる」
玲の声に、わずかな違和感が混じる。
「消された、というより」
澪は言葉を選ぶ。
「最初から、載せないって決められてたみたい」
その頃、探偵社では別の調査が進んでいた。
真琴と燈は、事件当時に被害者と関わりのあった人物を訪ねていた。
元同僚。
近所の住人。
数は多くない。
だが、全員が、同じような反応を示す。
「事件?」
「……ああ、そんなこともあったかもしれないね」
覚えてはいる。
しかし、詳細は語られない。
「大した話じゃなかったよ」
「よくあるトラブルだった」
「ニュースになるほどじゃない」
燈は、帰り道で苛立ちを隠さなかった。
「なんだよ、それ。全員、同じこと言いやがって」
「口裏を合わせてる、って感じでもないのよね」
真琴は落ち着いていた。
「むしろ、本気で“そう思ってる”」
「それが気味悪いんだよ」
探偵社に戻ると、伊藤がすでにいくつかの資料を机に並べていた。
「お疲れ」
穏やかな声。
いつもと変わらない調子だ。
「何か分かりました?」
真琴が尋ねる。
「報道が残っていない理由について、いくつか仮説がある」
伊藤は、丁寧に紙を揃えながら言う。
「まず、事件当時、別の大きなニュースが重なっていた可能性」
「それだけで、完全に消える?」
燈が食い下がる。
「可能性は低いが、ゼロではない」
伊藤は否定しない。
「もう一つは、被害者側が報道を望まなかった場合」
真琴が首を傾げる。
「でも、警察発表まで止めるのは難しいよね」
「ああ」
伊藤は頷く。
「だから、どちらも決定打にはならない」
そこへ、玲と澪が戻ってきた。
「全国紙も地方紙も、痕跡なし」
玲が端的に報告する。
「事件は、確かに起きているのに」
澪が続けた。
「“社会的には起きていない”扱い」
その言い方に、燈が顔をしかめる。
「なんだよ、それ」
伊藤は、少しだけ目を細めた。
「記録と認識が、意図せず一致している状態だな」
「意図せず?」
澪が、視線を向ける。
「そう」
伊藤は穏やかに答える。
「少なくとも、表からはそう見える」
その言葉に、誰も反論しなかった。
夜。
探偵社には、資料をめくる音だけが残る。
澪は、被害者の名前が書かれたメモを見つめていた。
裁判記録には、確かに存在する人物。
だが、社会のどこにも、その痕跡が残っていない。
ふと、澪は伊藤の方を見る。
伊藤は、黙々とファイルを整理していた。
事件ごとに分類し、年代順に揃え、余白を作らない。
その手つきは、あまりにも自然で。
――整えすぎている。
澪は、視線を戻した。
まだ、線にはならない。
けれど、この事件もまた、これまでと同じ“癖”を持っている。
誰かが、
残らない形を選んだ。
それだけは、はっきりしていた。