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教室の隅、窓際ではなく、後ろのロッカーの影。そこに彼――遥はいた。
昼休みの喧騒が遠のくように、周囲はなぜか静まり返っていた。陽気な笑い声も、廊下を走る足音も、彼には遠い。いや――聞こえないようにされているだけだ。
「おい、まだいたの? 空気読めよ、昼はそこ、あたしたちの席でしょ?」
女子の一人が、机を足で蹴る。わざとらしく、響かせるように。
遥は無言のまま、荷物をかき寄せようとした。だが、すぐに別の手が伸びてきて、筆箱が奪われ、床に放り投げられた。
「なにこれ、まだキャラもん使ってんの? だっさ」
「うわー、え、なにこの汚れ……マジで無理。くっさ」
別の女子がノートを開き、数秒静かになった。
「……うわ。こいつ、自分の名前間違えて書いてる。病んでんの?」
笑いが、乾いた音を立てて弾ける。遥の手元が、そっと震えた。
「ていうかさ、ほんとにさ、さっさとやめれば?」
「ていうか、あんたがいなくなったら、みんなもっと楽しいんだけど」
女子の一人が、机を遥の腹に押しつけるようにして詰め寄る。ごく小さな力。でも、遥の身体は壁に追いやられ、逃げ場をなくす。
「ねえ――さ。さっき保健室行ってたらしいけど、サボり? 逃げ? また?」
「はー、メンタル雑魚すぎ。ほんと、こっちが病みそう」
誰かが、カバンの中を探るように開けた。
「……なにこれ。薬? ほんとに飲んでんの? え、こわ……」
「メンヘラが薬で自己肯定してんの、マジ笑える」
小さく、乾いた音がした。薬の瓶が床に落ち、転がる。蓋が外れ、カラカラと錠剤が数粒、教室の隅に散らばった。
遥はその音にさえ、反応できない。何かを拾おうとした手が、途中で止まる。
誰かが、わざとらしく溜めた足音で近づき、肩を――
どん、と押した。
軽い衝撃。だが、背中の壁が冷たくて硬くて、それが遥の身体を拒絶する。
「泣けよ。ね? 泣けば楽になるって。ほら、どうしたの? 泣き虫くん?」
「泣き虫以下じゃない? 泣けないって、ただの人形じゃん」
誰かが机を蹴る音、また誰かが笑う声、薬の瓶を指で弄ぶ音。
そのどれもが、遥の輪郭を薄くする。
声が出ない。目も動かない。ただ、耐える。縮こまる。何も考えないようにする。
だが、声は耳元で続く。
「次、体育、だよね。着替え……また見せてくれる?」
「見られて困る身体じゃないしね。むしろ、見られたいんじゃないの?」
薄ら笑いと、吐息まじりの声。耳元でささやかれ、遥はわずかに身を引いた。
「ほら、そういう反応、キモいって」
頬に触れた指先は、優しくも、痛くもない。ただ、汚れのように感覚を残した。