テラーノベル
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昼下がりの体育館。夏の熱がまだ床に籠もっている。体育の授業はバレーボール。だが、その内容は実質的に、「晒し」だった。
「おい遥、こっち来いよ。お前、サーブだけは得意だったよな?」
一番声の大きい男子が、笑いを堪えながら呼ぶ。クラスの空気が歪む。遥は何も言わず歩き出す。だが、その足取りはまるで引きずるように重い。
「はい、じゃあみんな注目。遥ちゃんの華麗なジャンピングサーブのお時間でーす」
誰かがホイッスルを鳴らした。教師は外で電話をしているふりをして、こちらを見ようともしない。
遥の前にボールが転がってくる。無言で拾い上げると、誰にも届かないような、ぎこちないフォームでサーブを打った。
――ネット直撃。跳ね返ったボールが足元に転がる。
「うわ、だっさ」
「ねえ、前できてたよね? わざと?」
「本当は女なんじゃないの?」
男子たちの声が連鎖する。クラス全体が笑いの空気で包まれていく。遥は俯き、床に視線を落としたまま動かない。
「ちゃんと拾えよ、ポジションつけって!」
次の瞬間、背中にドン、と強い衝撃が走った。ボールではない。誰かが肘を押しつけてきたのだ。バランスを崩し、膝から崩れ落ちる。
「ごめーん、当たっちゃった。わざとじゃないよ? ねえ、ねえ?」
見下ろす声。白い体育館の天井が、遥の視界を圧迫してくる。
再び立ち上がろうとしたところで、後ろから押された。体育館の床が思い切り腰に当たる。
「うわ、また転んだ。運動神経なっ!」
「そーゆーとこが嫌われるんだよ?」
周囲の笑いは止まらない。教師はまだ、グラウンドに立ったまま。こちらを見ることはない。
そのあと、遥はコートの端に追いやられ、立ったまま、ゲームに“入れてもらえない”時間を過ごす。
ボールが遥に向かって飛んでくることは一度もない。ただ、名前だけが、遠くから何度も呼ばれる。
「遥、ちゃんと動けよ!」
「やる気ないなら帰れよ」
「それでも“男”かよ」
額から汗が落ちる。だが拭うこともできず、遥はただ、震えるまま立ち尽くしていた。
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