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王都の南区画。
石畳が崩れ、祝福の光も届かない場所。
そこに、地下闘技場はある。
祝福持ち同士が金を賭けて戦う非公式の舞台。
レオンがここにいる理由は単純だった。
金だ。
戦闘科を外された今、家からの支援は減った。補助科に移れば生活費も削られる。
父は言った。
「自分の価値は自分で証明しろ」
祝福のない人間に。
証明手段は、ほとんどない。
闘技場の受付の男が鼻で笑う。
「無祝福? 帰れ」
「戦える」
「紋章を見せろ」
「ない」
「話にならねぇ」
そのとき、背後から声がした。
「面白いじゃねえか」
振り返る。
筋骨隆々の男。胸の紋章は《剛腕》。
中位祝福。
「無祝福がどこまでやれるか見てみたい」
周囲が笑う。
「賭けになるか?」
「すぐ終わるだろ」
レオンはリングに立った。
石の床。観客席からの野次。
兄の名がどこかで聞こえる。
「剣聖候補の弟だろ?」
「落差すげぇな」
対戦相手が拳を鳴らす。
「殺しはしねぇよ。安心しな」
合図。
男が踏み込む。
速い。
祝福による強化。
レオンは避けきれない。
拳が肩をかすめる。
衝撃。
倒れかける。
――その瞬間。
胸の奥が、開く。
熱が弾ける。
触れた。
男の腕を掴む。
紋章が、揺らぐ。
「……は?」
光が細くなる。
レオンの視界が澄む。
筋力が跳ね上がる。
重かった身体が、軽い。
踏み込む。
拳が男の腹にめり込む。
鈍い音。
観客が静まる。
もう一撃。
男が膝をつく。
紋章の光が、目に見えて弱くなる。
「おい……何だそれ」
ざわめきが広がる。
レオンは息を荒げる。
――強い。
今まで感じたことのない手応え。
殴れば、通る。
動けば、速い。
勝てる。
この感覚。
兄と同じ場所に立てる感覚。
胸が震える。
快感。
それを自覚した瞬間。
男の紋章が、かすれた。
ほとんど光らない。
「……俺の、祝福が」
男の声が震える。
観客席がざわめく。
「光が減ってる」
「さっきより弱いぞ」
レオンの鼓動が止まりそうになる。
やめろ。
離せ。
だが、身体が理解している。
触れていれば、もっと奪える。
もっと強くなれる。
一瞬。
ほんの一瞬。
レオンは、手を離さなかった。
さらに力が流れ込む。
脳が痺れる。
世界が鮮明になる。
これが祝福持ちの世界か。
これが、上に立つ景色か。
――気持ちいい。
その自覚が、胃をえぐる。
レオンは慌てて手を離す。
男が倒れる。
勝敗は決した。
静寂。
そして。
「何しやがった」
「祝福が削れてるぞ!」
怒号。
男の紋章は、明らかに弱体化していた。
レオンは自分の手を見る。
刻まれていないはずの甲に、一瞬だけ、淡い光が宿っている。
借り物の光。
いや。
奪った光。
観客の視線が変わる。
嘲笑ではない。
警戒だ。
「祝福泥棒だ」
「触るな」
「近づくな」
その言葉が、はっきり聞こえた。
祝福泥棒。
胸が冷える。
さっき感じた快感が、一気に腐る。
俺は今、勝った。
だが。
勝つたびに、誰かの未来が削れる。
リングを降りる。
ざわめきが割れる。
誰も触れない。
触れれば奪われると、本能が理解している。
地下闘技場の出口。
夜風が冷たい。
さっきまで身体を満たしていた力は、もう消えかけている。
残るのは、嫌悪。
だが。
確かに思ってしまった。
強くなりたい、と。
兄と同じ場所に立ちたい、と。
そのために。
何人分の光を、削ればいい?
拳を握る。
爪が掌に食い込む。
血が滲む。
痛みで、かろうじて自分を繋ぎ止める。
祝福はない。
だが。
奪えば、ある。
その事実が、何より恐ろしかった。