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学院の訓練場。
補助科の実技は、戦闘科とは違い地味だ。
薬草の識別。
簡易魔導具の修理。
結界の基礎理論。
剣を振るう音は、遠い。
その音に、無意識で目が向く。
戦闘科の屋外演習。
光る紋章。
歓声。
あの場所に立っていたはずだった。
そのとき。
「……レオン?」
背後から声。
振り返る。
そこに立っていたのは、見覚えのある顔。
地下闘技場で戦った男――ではない。
その日、観客席にいた少年。
いや。
違う。
思い出す。
儀式の日。
兄の直後に名を呼ばれた少年だ。
紋章は《剣士》。
中位祝福。
努力次第で上位に届くと噂された。
その少年が、今は。
腕に包帯を巻き、紋章の光は、ほとんど見えない。
「……お前」
少年の目が、揺れる。
怒りと、戸惑いと。
「地下闘技場、いただろ」
レオンは黙る。
「俺、あの日……出場予定だったんだ」
喉がひりつく。
「でも直前で体調が変になって」
少年は自分の腕を見る。
「祝福が、急に弱くなった」
視線が、まっすぐ刺さる。
「お前だろ」
周囲の空気が固まる。
補助科の生徒たちが、ざわつく。
「違う」
反射的に出た言葉。
だが、自信はない。
あのとき、確かに奪った。
どこまで影響が及ぶのかは、分からない。
「俺の紋章、《剣士》だった」
少年は続ける。
「剣聖候補の隣に立てるって言われた」
兄の名は出さない。
だが、分かる。
「今は、光らない」
震える声。
「努力で届くって、言われてたんだ」
拳が白くなる。
「俺は……ちゃんと努力してた」
レオンの胸が締まる。
あの日、リングで感じた快感が蘇る。
強くなれる感覚。
上に立てる感覚。
その裏で。
削れた未来。
「返せよ」
少年が掴みかかる。
制服の胸ぐらが握られる。
「俺の祝福、返せよ!」
力は弱い。
以前なら振り払えただろう。
だが今は。
触れられた瞬間。
胸が、ざわめく。
――奪える。
残りかすの光でも。
まだ吸える。
一瞬で理解する。
今なら。
もっと、強くなれる。
喉が乾く。
やめろ。
やめろ。
レオンは自分の手を握りしめる。
触れれば、終わる。
少年の未来が、本当に消える。
「……知らない」
かすれた声。
「俺は、何も知らない」
「嘘だ!」
周囲の視線が刺さる。
「祝福泥棒だろ」
誰かが呟く。
その言葉が広がる。
祝福泥棒。
少年の手が、震える。
「俺の努力、奪ったのか?」
その問いは、剣より鋭い。
レオンは答えられない。
自分でも、分からない。
能力の範囲も、条件も。
ただ一つ分かるのは。
奪えば、強くなる。
奪わなければ、弱いまま。
選択は、いつもそこにある。
少年の手が離れる。
「……最低だな」
吐き捨てる。
「無祝福より、たちが悪い」
背を向ける。
去っていく背中は、以前より小さく見えた。
レオンは動けない。
視界の端で、戦闘科の演習が始まる。
兄の姿。
光る《剣聖候補》。
歓声。
そして。
今、光を失った《剣士》。
同じ系統。
もし。
祝福が“系統ごと”に繋がっているなら。
奪い続ければ。
兄の光にも、届く?
ぞっとする。
それでも。
心の奥底で。
小さな声が囁く。
――届けば、超えられる。
拳を握る。
爪がまた掌に食い込む。
血が滲む。
それでも。
痛みよりも。
強くなりたいという欲が、消えない。
レオンは初めて理解する。
これは呪いだ。
祝福ではない。
選択を強制する、装置。
そして。
選ばなければ、何も得られない。
空白のまま。