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夕方、玄関のドアが閉まる音が少し大きく響いた。
真白は靴を脱ぎながら、袋を持ち替える。
「……やっぱり重い」
「だから言ったでしょ」
後ろから、アレクシスが苦笑する。
手には、紙袋と箱。ふたり分にしても、今日は多い。
「冬になると、なんで物増えるんだろ」
「家にいる時間が長くなるからじゃない?」
「なるほど……」
リビングに荷物を置くと、真白はそのまま床に座り込んだ。
冷たいけれど、嫌じゃない。
「ちょっと休憩」
「はいはい」
アレクシスはコートを脱ぎ、暖房を少しだけ上げる。
その動作の合間に、真白を見る。
「先に開ける?」
「……うん。あれ」
指さしたのは、小さな箱。
今日の“出来事”の原因。
「勢いで買った?」
「勢いで買った」
「……まあ、冬だし」
箱を開けると、中から出てきたのは小型のホットプレートだった。
一人用より少し大きいサイズ。
「焼きたいって言ってたでしょ。前」
「言った……けど、覚えてると思わなかった」
「ちゃんと聞いてるよ」
真白は箱を見下ろし、少し照れたように鼻を鳴らす。
「じゃあ……今日?」
「材料、ある?」
「ある。たぶん」
キッチンを確認しに行くと、冷蔵庫の中には、使いかけの野菜と、豚肉、卵。
完璧じゃないけど、十分。
「いけそう」
「やった」
ホットプレートを出し、テーブルに置く。
コンセントを差し込むと、小さなランプが灯った。
「……これ、音鳴る?」
「鳴ると思う。たぶん」
「待とう」
真白は正座して、じっとプレートを見つめる。
子どもみたいな集中。
しばらくして、
「ピッ」という小さな音。
「あ、鳴った」
「鳴ったね」
それだけで、少し空気が明るくなる。
野菜を並べ、肉を置くと、じゅっと音が立ち上る。
部屋に広がる匂いが、外の冷えを忘れさせる。
「こういうの、久しぶり」
「冬はこういうことしていい季節だから」
「理由つけるの、得意だよね」
「必要だから」
真白は笑い、箸を持つ。
焼けるまでの時間は短いけれど、
その待ち時間が、今日は妙に楽しい。
「イベント感ある」
「小さいけどね」
「うん。でも、ちょうどいい」
食べ始めると、会話は少なくなる。
音と匂いと温度が、代わりに場を満たす。
「……買ってよかった」
「でしょ」
片付け終わったあと、ふたりはソファに座った。
外はすっかり暗い。
「なんか、今日ちゃんと冬した気がする」
「それ、いい表現だね」
真白はブランケットを引き寄せる。
「またやろう」
「うん」
特別な日じゃない。
でも、ちゃんと記憶に残る夜だった。
音が鳴るまで待った時間も含めて。