テラーノベル
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昼休みが終わる少し前だった。
職員室へ向かう廊下は、教室前ほど人が多くない。
プリントを抱えた教師とすれ違いながら、日下部は窓の外へ目を向けた。
曇っていた。
雨が降るほどではない。
けれど、空全体が重く沈んでいる。
ふと、屋上の日のことが頭をよぎる。
あの日も、似た空だった。
足を止める。
思い出そうとしているわけではない。
忘れようとしても、勝手に浮かんでくる。
「日下部」
背後から名前を呼ばれた。
振り返ると、クラスメイトが手を挙げる。
「プリント持ってく?」
「ああ」
束を受け取る。
それだけのやり取り。
何気ない昼休み。
何気ない学校。
その「何気なさ」が、最近は妙に落ち着かない。
教室へ戻る途中、窓ガラスに自分の姿が映った。
疲れた顔をしている。
眠れていないのかもしれない。
それとも、考えすぎているだけか。
教室に戻ると、遥は席についていた。
ノートを開き、教科書を広げている。
その姿だけ見れば、普段と変わらない。
けれど日下部は知っている。
「変わらない」ことと、「何も起きていない」ことは違う。
遥は誰とも話さない。
誰にも視線を向けない。
それでも時折、教室全体を見渡すように目が動く。
探しているようにも見える。
何を見ているのかは分からない。
日下部と目が合うことはなかった。
いや。
合わないようにしているのかもしれない。
その違いは、まだ分からない。
チャイムが鳴る。
教師が入ってくる。
全員が席につく。
いつも通り始まる授業。
教科書をめくる音だけが教室に広がる。
日下部は前を向いたまま、小さく息を吐いた。
(知ってるつもりだった)
家のこと。
学校のこと。
遥が置かれてきた状況。
全部、知っていると思っていた。
でも、屋上の日から思う。
知っていたのは出来事だけで、
遥がその中で何を抱えていたのかは、
ほとんど見えていなかったんじゃないか。
その考えは、答えにならないまま胸に残り続けた。
寿命㌫(主)
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コメント
1件
読ませていただきました。第57話、とても心に残るエピソードでした。 日下部が屋上の日のことを思い出しながら、日常の「何気なさ」に落ち着かなさを感じるところ、すごく伝わってきました。特に、「変わらないこと」と「何も起きていないこと」の違いに気づき始めた日下部の視点が繊細で。最後の「知ってたつもりだった」という後悔のような諦めのような一文に、胸がぎゅっとなりました。 遥くんも、ただ座っているだけなのに存在感があって、次の展開が気になります。素敵な作品をありがとうございます。