テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
放課後の教室は、電気をつけなくても見えるくらいの薄明るさだった。窓の外では、運動部の声が反射して、少し遅れて戻ってくる。
相談スペースに座った生徒は、椅子の背にもたれず、前のめりだった。
年上でも年下でもない、ちょうど中間みたいな雰囲気。
「……正しいことをした、と思ってます」
最初の一言が、それだった。
遥は反応しない。続きを待つ。
「校則、守っただけです。
提出物も、スマホも。
先生に聞かれたことに、嘘つかなかった」
生徒は指を組んだ。
「それで、クラスで浮きました」
淡々とした言い方だった。
「みんな、ちょっとしたことで誤魔化してたんです。
暗黙の了解、みたいな」
遥は小さく頷く。
「でも、それが嫌で」
生徒は一瞬だけ目を伏せる。
「注意したわけじゃない。
告げ口したわけでもない。
ただ、合わせなかっただけ」
教室の空気が、少し張る。
「それで、
距離を置かれました」
「分かりやすいな」
遥の声は低い。
「“正しい”が、
集団の都合を壊す時がある」
生徒は、苦笑した。
「正しいことをしてるはずなのに、
自分だけ間違ってるみたいで」
「そう感じるように、
空気はできてる」
遥は、机の端に視線を落とす。
「集団はな、
“同じでいること”を正義にする」
生徒は黙って聞いている。
「そこから外れると、
理由がなくても浮く」
「じゃあ……
どうすればよかったんですか」
生徒の声に、わずかな苛立ちが混じる。
「黙って、
流されるべきだったんですか」
遥は、すぐに答えなかった。
「楽に生きたいなら、
そういう選択もある」
逃げない言い方だった。
生徒の目が、少し見開かれる。
「でも、
お前はそれを選ばなかった」
遥は続ける。
「選ばなかった理由、
覚えてるか」
生徒は、少し考える。
「……自分が、
嫌になると思ったからです」
「だろ」
遥の声は、静かだった。
「正義ってな、
報われるためにやるもんじゃない」
生徒は唇を噛む。
「でも、
一人になるのは……」
「きつい」
遥は遮らない。
「普通にきつい」
少しの沈黙。
「正義を選んだ結果、
孤立することはある」
その言葉を、否定もしない。
「それは、
お前が間違ってる証拠じゃない」
生徒は、視線を上げた。
「じゃあ、
何の証拠なんですか」
「立ち位置を、自分で決めたって証拠だ」
遥は淡々と言う。
「誰かに決められた場所じゃなく、
自分で立った場所だ」
生徒は、深く息を吸った。
「……でも、
友達は減りました」
「増えない時期もある」
遥は答える。
「正義を選んだ直後は、
特に」
生徒の肩が、少し落ちる。
「それでも、
戻らなくていい」
遥は続ける。
「一時的な居場所のために、
自分の線を踏み越えると、
あとで自分が一番うるさくなる」
生徒は、静かに笑った。
「……確かに」
窓の外が、完全に暗くなる。
「孤立はな」
遥は最後に言う。
「失敗じゃない。
選択の、副作用だ」
生徒は立ち上がった。
表情はまだ硬いが、背中は丸まっていない。
足音が遠ざかり、教室に静けさが戻る。
遥は一人、机の影を見つめる。
「……正義を選んだやつは、
しばらく一人になる」
誰に向けるでもなく、言葉を落とす。
「でも、
一人で立てた場所は、
あとで誰かが見つけやすい」
夜の校舎に、風の音だけが残っていた。