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朝、旅館の食堂。ほかの生徒たちの笑い声と、箸が食器に当たる音が響いていた。
遥の前には、茶碗がひとつだけ置かれていた。
中身は、冷えたご飯と、濁った汁。
それを「先生」が持ってきた。
「お前の分、これでいいよな。昨日、あんだけ迷惑かけたんだし」
周りの机で、誰かがくすりと笑う。
もう誰が笑ったのかも、わからなかった。
遥は箸を握ったまま、指が震えていた。
何も言わず、口に運ぶ。
味はなかった。ただ、喉が拒むように痙攣した。
「ほら、ちゃんと食べないと。朝ごはんだろ」
教師の声が背中を刺す。
笑い声が遠くで弾ける。
その音のひとつひとつが、遥の体の奥に沈んでいく。
食堂の窓から、観光バスの白い車体が見えた。
外は晴れているのに、遥の視界だけが灰色だった。
「おい、ちゃんと食えよ。冷めちまうぞ」
教師の声が響く。
その口調は優しさの欠片もなく、命令のようだった。
結城が隣でわざとらしく咳払いし、スマホを構えた。
「先生、これ、記録用に撮っときます?」
「おう。反省の証拠な」
笑いが広がる。
遥は箸を止めた。
笑いの中に、名前のない恐怖が混じっている。
もう誰も“ふざけてる”とは言わない。
それは儀式のようだった。朝になるたび、繰り返される儀式。
「なに止まってんだよ。最後まで食えって」
茶碗の底に、濁った液体が溜まっていた。
それを見つめるうちに、喉がひゅっと鳴った。
吐き出すことも、拒むこともできなかった。
ただ、飲み込むしかなかった。
飲み込むたびに、胸の奥で何かが壊れていく音がした。
「いい子だな、遥。先生の言うこと聞けるもんな」
教師の声は、優しげに響くほど冷たかった。
結城が笑いながら、箸の音を立てる。
その音が遠くで鈴のように響き、遥の鼓膜を叩いた。
「……もう行っていいですか」
やっと出た声は、掠れていた。
教師はゆっくりと顔を上げ、わざとらしい笑みを浮かべる。
「もちろん。ちゃんと全部食べたもんな」
食器が鳴る。
誰かが拍手をした。
遥はそのまま立ち上がり、背を向けた。
背後の笑い声が、皮膚の裏に貼りついたまま離れなかった。