テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
その子は、ドアを開けてすぐ、椅子に崩れ落ちるように腰を下ろした。 顔を上げないまま、か細い声が落ちる。
「……どうでもいいんです。ほんとに。生きてるのも、友達も、勉強も。何一つ、意味があると思えない」
静かに流れる空気。
日下部は腕を組んで、その言葉を受け止めた。すぐには返さず、しばらく黙って天井を見ていた。
「……そっか」
やっと絞り出した声は、少し掠れていた。
「じゃあ……なんで、ここに来た?」
その子がゆっくり顔を上げた。
「……わからない。でも、誰かに言わなきゃ、本当に消えてしまいそうで」
その目には光がなかった。
それでも、日下部はその空虚を直視した。
「“どうでもいい”って思うのはさ……本当は“どうでもよくない”からだろ」
その子は眉を寄せる。
「意味、わかんない」
「ほんとにどうでもいいなら、ここまで言葉にしようともしねぇ。……消えちまってもいいって、そんな簡単に思えるはずねぇから」
沈黙。
カーテンの隙間から夕陽が差し込み、机の影を伸ばす。
日下部は息を吐いた。
「俺も、正直、毎日が無意味に見えるときはある。朝起きて、学校来て、何やってんだろって。……それでも、“どうでもいい”って言えるくらい、まだ自分に向き合えてる。お前はそういうとこ、強ぇよ」
その子はかすかに唇を噛んだ。
「……強くなんかない」
「弱いのも含めてだよ。何も感じないふりして生きてるやつより、ずっとマシだ」
子はしばらく黙っていた。
やがて、机の端を見つめながら小さくつぶやいた。
「……少しだけ、生きててもいいのかなって思いました」
日下部は背もたれに身を預け、わずかに目を細めた。
「少しでいいんだよ。少しで」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!