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「……日下部くん、“普通”って何なんですかね」
相談室の机に向かい合って座る女子は、机の端を指でなぞりながら、ぽつりと呟いた。
「みんな“普通が一番”とか“普通にしなよ”とか言うじゃないですか。でも、その普通が、わかんないんです。友達と同じように振る舞っても、どっかで浮いてる気がして。……私って、普通じゃないのかなって」
日下部は腕を組んで、少し顎を上げた。
「ふーん。じゃあさ、“普通の人間”って、どんなやつ?」
女子は一瞬黙って、それから首をかしげる。
「……休み時間はみんなと一緒にしゃべって、流行りの歌とかSNSの話もわかって、勉強もそこそこできて、部活もちゃんとやって……」
「なるほど。じゃあ、それが全部できてるやつ、見たことある?」
女子は、はっとしたように目を瞬いた。
「……いない、かも」
「だろ。俺もいねぇと思う」
日下部は窓の外に視線を投げ、続ける。
「“普通”って、たぶん誰も持ってねぇ理想の平均点みたいなもんだろ。けど、実物はいねぇ。だから追いかけても、そりゃしんどいわ」
女子は下を向きながら、小さく笑った。
「……平均点、か」
「そう。存在しないもんに合わせようとするから、ズレてる気がすんだよ。むしろズレてんのが普通なんだ」
日下部は少し間を置いてから、机に視線を戻した。
「……俺だって、“普通の高校生”っぽくはねぇと思うよ。でもさ、普通じゃないからって生きちゃいけねぇわけじゃねぇだろ」
女子は黙っていたが、その沈黙は重くなかった。
窓の外から吹き込む風が、カーテンをわずかに揺らした。